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 1824年5月7日午後7時。ウィーンのケルントナートーア劇場で、ベートーヴェンの交響曲第九番が初演された。60人のオーケストラとソリストたち、愛好家を募っての80人の大合唱団。ミヒヤエル・ウムラウフが指揮したが、ベートーヴェンも総指揮として舞台に上がり、譜面を見ながらテンポを指示した。
 フランス革命やナポレオン戦争が起こり、ベートーヴェンは既存の価値観が崩壊した時代を生きた。青年期にはカント哲学が流行し、人間の生き方に影響を与えるものこそが優れた芸術というその考え方に、音楽を通して人間がいかに生きるべきかを示唆しようとした。
 ベートーヴェンは20代前半から、敬愛していた詩人シラーの歓喜と人類愛、平和を中心主題にした「歓喜に寄す」に曲をつけたいと思っていた。構想から30年以上経て、第九は完成した。完成の5年ほど前は、生涯で最も肉体的に苦しんだ時期だった。「すぐれた人間の大きな特長は、不幸で苦しい境遇にじっと堪え忍ぶこと」。そう心の手帳に記したという。
 第四楽章、まずバリトンが、ベートーヴェン自身が創作した「おお、友よ、このような音ではない! もっと快い、喜びに満ちた調べに、共に声を合わせよう」と歌う。そしてシラーの詩の第一節を歌い出し、四重唱と合唱が続き、トルコ行進曲風のリズムに変わり、厳しく崇高な人類愛の賛歌を経て、歓喜が高らかに歌い上げられる。
 すべての演奏が終わっても、ベートーヴェンは聴衆に背を向けたままで、アルト歌手に客席へ向けられて初めて、聴衆の熱狂を知った。アンコールの拍手は5回も続いた。

 それから163年後の1987年2月22日、平市民会館で「市民の市民による市民のための第九演奏会」が開かれた。「おお、友よ、このような音ではない! もっと快い、喜びに満ちた調べに、共に声を合わせよう」。20年経たいまも、参加した人々の心にはベートーヴェンの言葉がしっかり残り、あの日の感動を大切にしている。


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