GIFアニメ 日々の新聞
CONTENTS
日々の新聞
風の通る家
いわきクロニクル
オンブズマン
編集後記
招待席

田人お伽草紙
草野天平の頁
HIBINO IN IWAKI
時のゆくえ
仲間たちの野辺送り
蔡國強といわきの物語
DUO
オリジナルショップ
定期購読
リンク集
 山口研次先生の家は内郷駅近くの旧6号国道沿いにある。その名前には伝説のような響きがあるが、健在だという。今回の特集「高校のいま」で各高校の校長に話を聞いているうちに、山口先生はいまの時代、いまの教育をどう感じているのか尋ね、どんな暮らしをしているのか見てみたいと思った。先生は突然の来訪者をゆったりと迎え入れ、独特の語り口で話し始めた。




 生まれ? 九州の方。佐賀県。何しろちっちゃいころこっちに来ちゃったから。5歳だったかな。父親は薬屋だった。磐中から東京物理学校に進んで、東北大で数学を勉強した。数学科には12、3人入学したんですが、最後まで残ったのは4、5人だったなぁ。そして中島飛行機に入った。ほんとのことを言うと、戦争に行くのが嫌だったんですよ。
 戦争が終わって帰ってきて、高校の先生になんないかって誘われた。給料が安くてねぇ。なり手がいなかった。「特別だ」ってもらった給料が130円。なにしろ1、2年たって中島飛行機のときの給料を言ったら、校長の方が安いんだから。磐高に勤めたのは昭和21年の4月からです。
 戦争が終わったばかりで授業になんないんですよ。それで宿直室で将棋の相手して「なんだ、お前らの将棋はへぼ将棋だな。こう指すんだ」って教えたもんです。
 校舎の裏で野菜を作ったりもしました。食べ物がないんですから。平駅前には闇市があってね。とにかく混乱の極みでしたね。

 教員としての最初の疑問は、なんで東大に入れねえのか、っていうことです。都立高校なんかからは大量に入るのに磐高は1人。受けてもさっぱり入らない。同じ高校生なのになんでこんなに違うんだ、そんなおかしいことあんめぇ、って思ったんです。
 まず視察です。長野とか富山とか仙台。前橋にも行ったなぁ。負けるのはいやですから。それで補習授業が始まりました。常磐炭礦が経費を補助してくれましてね。まず希望者、あとはできるやつとできないやつに分けてやりました。いい大学へ行くと就職もいいし、親も喜ぶ、そりゃ、違いますよ。
 それから教科書を最後まで全部終わらせるんです。歴史とか国語は終わらないのが普通だったんですね。その癖がついてたんで全部やっちゃうことにしたんです。
 調べてみると、都会では中学校あたりから大学受験を見据えて補習やってるんですよ。長野なんかでは高校の校長が中学校の校長に気合い入れるんです。驚きましたね。灘高では、1番成績の悪いやつが早稲田だって言うんです。いっとうビリがですよ。ですから、環境が違う。より一層勉強しないとだめだ、っていうことがわかりました。
 見込みのある子には修学旅行にも行かせなかった。「大きくなったらどこへでも行ける。どうせ騒いでるだけなんだから」ってね。若い教員がね「学生運動のことを調査書に書くべきですか?」って聞きに来たこともある。驚きましたねぇ。「教員が生徒の不利になることを書いてどうすんだ」って言ってやりました。
 野球部で悪いのがいましてね。いくら言ってもあらたまらない。ごせっぱらが焼けまして「バット持ってこい。ここで素振り100回やれ」って言って、フラフラになるまでやらせたこともありました。

 あのね、若いうちにいろんな点でちゃんと勉強しておくことが大事なんです。剣道なら剣道、庭球なら庭球でもいいんです。全員東大に入るわけじゃないですから。いろんな道に進むわけだから。それぞれが持って生まれたものがあるわけだから。ちゃんとやるべきです。
 現状をちょっと上げようとするにはものすごい努力が必要なんです。例えば、野球でいつも1回戦で負けていたものを3回戦まで進ませようとする、それは容易なことじゃないんです。外部には見えないけれど大変な努力が必要なんです。  それをわからないと厳しいですよ。大変です。



日々の新聞風の通る家いわきクロニクルオンブズマン情報
編集後記田人お伽草紙草野天平の頁日比野克彦のページ
オリジナルショップ定期購読リンク集


 
ホームへ
画面上へ