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 強風が吹き荒れた2月24日、小川町上小川植ノ内の草野心平生家に穏やかなチェロが響いた。演奏者は星衛さん。曲目は「サモア島の恋の歌」。詩人・草野天平と妻・梅乃が結ばれるきっかけをつくった曲である。

 昭和24年12月24日、梅乃は宮崎恭子(仲代達矢夫人・故人)と誘い合って神田神保町のバー・らんぼおでの「歴程詩の会」に顔を出した。恭子は梅乃の女子学院での教え子で、当時は俳優座養成所の一年生。そこに天平がいた。
 会の中心的存在で天平の兄・草野心平が場を盛り上げ、出席者の間で歌がリレーされた。そこで梅乃が歌ったのが「サモア島の恋の歌」だった。

 星さんは平成11年(1999)、草野心平記念文学館で開かれた「ひとつの道 草野天平展」の最終日(2月28日)に、「天平の好きな音楽」と題してチェロを披露。それをきっかけに、梅乃は天平忌(4月25日)周辺の休日に「詩と音楽のつどい」を開くようになる。その場で天平と梅乃にちなんだ音楽を奏でて来たのが星さんだった。しかも会のオープニングは必ず、「サモア島の恋の歌」と決めていた。
 そのメロディは、梅乃の記憶をもとにして再現されたのだが、あまりに時間が経っていたこともあって完全ではなかった。星さんも正確を期すために、それらしいレコードを探したが見つからなかった。
 それが2006年(平成18年)の梅乃の死(享年85)がひとつのきっかけとなって、思わぬ 展開を見せる。梅乃の弟・元雄さんが「サモア島の恋の歌」のメロディと歌詞をほぼ完全に覚えていたのである。葬儀の席で、あの曲のレコードを持っていたのが元雄さんだったことが話題に上り、「覚えているよ」とメロディを口ずさみ始めたのだった。星さんは、元雄さんがつくってくれた楽譜をアレンジし、天平と梅乃の出会いの曲が見事に復活した。

 天平と梅乃の結婚生活はわずか1年半。貧しかったが、そこにはいつも詩と音楽があった。比叡山飯室の山中を散歩しながら、「グッドナイト・レディース」「シャル・ウィ・ギャザー・アト・ザ・リバー」など、賛美歌やアイルランド民謡をよく歌った。
 しかし天平の死後、梅乃は「天平との生活で歌を歌いすぎて声をなくしてしまったので…」と、決して歌おうとしなかった。その大切な思い出を胸の奥にしまい込むように。



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