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 昭和44年の平駅前。ビルの壁面いっぱいに、大売り出しの花輪が飾られているのが藤越の衣料品館、東芝テレビのネオン広告が目立つのは5階建ての鈴藤で、展望台があった。大黒屋の増築新装のアドバルーンも揚がっている。平消防署の火の見櫓も見える。
 合併していわき市が誕生して3年、その2年後には常磐炭砿磐城砿業所が閉山、そして翌年はオイルショック。それから5年後には200カイリで、サケ・マス漁業船の出航が半分以下に制限された。平中平窪の松本正平さん(故人)は、そんな時代の舵がぐぐっと動きつつある、まちの表情を撮った。

 駅前大通りから1本入った銀座通りの西側の田町の3本通りも、まともに時代の波をかぶった。
 昭和20年代半ばから炭砿と浜景気にあおられ、芸者置屋や料理屋、待合(貸席)、旅館などが軒を並べたその界隈は粋で、にぎやかだった。それが炭砿と漁業の衰退、それに社交クラブ(コンパニオン)の出現で、雰囲気は少しずつ変わっていった。
 最盛期には240人の芸者がいて、格子戸のある通りに三味線の音が響いた。路地が縦横無尽に走り、人々はあみだくじをなぞるように歩いた。松ヶ岡公園でのお花見、七夕まつり、そして盆踊りが楽しみだった。いつしか料理屋はスナックに変わり、芸者を招くお座敷は少なくなり、芸者のなり手も減った。

 それから40年近く過ぎた。時代の舵は面舵、取り舵と、右へ左へ慌ただしく動いてきたが、平のまちは何を大切に歩んできたのだろう。ならでは、らしさがどんどん消え、どこにでもある、こだわりのない寂しいまちになった。
 懐古主義ではないが、もしかしたら賑やかだった時代のまちが、平のまちの行く道のヒントになるかもしれない。


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