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 いつも行っている場末のバー。そこの老いぼれママは、ぶくぶく太っていてだらしがない。しかしその人こそ、かつて一世を風靡したジャズ歌手だった。いつも酔いつぶれている常連客はバックバンドのメンバーたちで、ママに「もう1度だけコンサートを開きたいの。手伝ってくれる」と頼まれる―。大友克洋に、そんなストーリーの作品がある。

 23年前、田町でスナックのママが殺される事件があった。8月の暑い日だった。驚いたことに被害者は、行きつけの店で何回か会ったことのある女性で、聞き込み捜査の手が身近な範囲にまで伸びた。記者になって8年目。後輩と一緒に毎晩スナックをはしごしては情報集めをした。田町の話題は事件に集中していたから、さまざまな噂や憶測が乱れ飛んでいた。夕方になると、めぼしいバーやスナックを歩き、ビールを頼んでは話を聞く、そんな日々が続いた。
 事件は発生から9日目に解決した。犯人は一見客の漁船員で、飲み代が高いことに腹を立てての衝動的な犯行だった。その夜のビールはうまかったが、ほろ苦かった。殺人事件のおかげで、知る必要もない女性の嘘や過去を知ってしまったからだった。

 さまざまな人生が交錯し蠢いている田町界隈には、何百、何千ものストリート・ストーリーがある。それは美しいものもあれば、酒の力を借りて記憶の海に沈めたいほど、悲しいものもある。
 「可楽知」「恵」「亀」「にんじん」「奴」「レノン」…。あのころ、狭いカウンターで名前も知らない客とビールを注ぎ合ってわけのわからない話をし、路地を伝って店を渡り歩いていた。あの田町はもう、幻のまちになった。


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