これからの行政の役割とは、どう民間と連携してビジョンを描けるのか、それを踏まえて、それぞれのケースに合った新しいシステムをどうつくっていくのか、ということだと思う。ここで行政というものを改めて見つめ直さなければならない。
いわきに限らず全国的に金がなくなり、国、県、市が機能しなくなってしまった。その結果、効率成果主義が叫ばれている。一方では正しい見方かもしれないが、「公」には採算が合わなくても住民サービスをしなければならない使命がある。そこで重要なのは「どこまでやるか。最低限でもここまで」という、物差し、線引きだと思う。
官民が一体となった新しい仕組みをつくるうえで一番のポイントになるのは、民の意向をどう集約していくのか、ということだろう。それには議会制民主主義ではなく、住民参加型の直接民主主義の方がやりやすいと思うが、住民意識をどうかさ上げしていくか、という課題がある。
いわきは広域合併都市なので一極集中は難しい。より住民の近いところで意思決定する仕組みが合っている。そういう意味で「いわき合衆市」という考え方には賛成だ。ただそれにはそれなりのシステムをつくる必要がある。
例えば市全体については、これまで通り議会を機能させ、10人程度の議員でいわきについて考え合う。各地区については日当制でもいいから、20人ぐらいのボランティア組織をつくり、予算の配分を受け、自分たちの地区をどうするか責任を持つ、というシステムがいいと思う。
小名浜まちづくり市民会議のそもそもの発想は、生活者の視点で自分たちのまちをつくってみよう、ということだった。まずプランニングし、それを行政計画に乗せ、そのビジョンをベースに官と民の役割を明確にし、定期的に進捗状態やお互いの動きを監視して緊張感を高めるのも、目的の1つだった。120ぐらいのプログラムも用意した。最終目標は市民意識を高め、小名浜再生のタウンマネージャーになることだった。
しかし現実的には資金不足のために思い切った事業展開ができずにいる。官からの補助はイベントに対するものが多く、用途が限定されて自由に使えずに行き詰まった。また、住民は興味がないことには参加しないので、継続していくと仲間だけになってしまい縮こまった。さらに、道路建設などの地権者交渉、説得などの役割まで課せられ、行政と住民の間に挟まって苦しむという経験もした。
協働という言葉が使われて久しい。いま、さかんに指定管理者制度が使われているが、実際は行政側の体裁だけではないのか。行政の資金不足の解決策の1つとして、単に民間に丸投げしているだけではないのか。それではお互いが育っていかない。行政は市民を見ているのか、単に役所を維持するだけしか考えていないのではないか。それを問いたい。
これからの時代、行政は最低限の住民サービスと責任を持って住民の安心・安全を守ることに特化され、それ以外は地域住民が考え、それを行政が支える小さな政府を志向するところが多くなるのではないか。それが理想だとは思うが、よくわからない。
これからの時代に必要なのは、民と官とが不信感を払拭して協力し合い、自分の地域に合った新しいシステムづくりをすることだろう。その前提になるのは、信頼関係だと思う。 |