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 平子長雄さんが暮らす綱木地区は御斎所街道から入遠野に入り、大平からの一本道の行き止まりにある。山に囲まれた標高450bほどのところで、13軒の家に26人(昨年10月1日現在)が暮らしている。苗字は平子さんがほとんどで、1人暮らしの家庭が多い。
 長雄さんは農家の8代目。山道を6キロ歩いて、入遠野小学校に通っていた。距離が長いので学校まで辿り着かず、山学校することもあったという。いま住んでいる大きな家は、2歳の時に火事になって建て替えた。
 「ここは農業では暮らしていけない。林業中心で、家はカイコをやるために大きかった。それが葉たばこに代わり、10年前に葉たばこもやめた」。長雄さんは言う。
 20歳ぐらいから営林署の仕事に就き、70歳でやめた。丸太を持ち上げたりしていたので脊髄がすり減って腰が痛み、医者から手術を促されたが、2年ほど通院して、立って歩けるまでに回復した。8年前に奥さんを亡くし、それから1人暮らしをしている。

 長雄さんが子どものころ、クマガイソウはいくらでもあった。それがどれぐらい前からだろう、ほとんど見られなくなった。気になって、15年ほど前に地区の山からクマガイソウを取ってきて、自宅の庭で育て始めた。本腰を入れたのは、奥さんが亡くなってからだ。
 近所で1人暮らしをしている男性は長雄さんだけ。話し相手に困り、「クマガイソウを楽しみにするかな」と思ったという。自宅裏のアケビ棚の下などで、クマガイソウを増やし始めた。育てながら、いろいろなことがわかってきた。
 土は少し湿気があって握ってぱらつかず、山の腐葉土がいい。堆肥は木くずと油かす、石灰を混ぜたもの。同じ場所に植えたままにせず、根を剪定すると広がっていく。2年前には自宅の東側の斜面、昨年は後ろの奥の斜面に植えた。移植前の斜面の準備に3年ほどかかった。
 クマガイソウは花が終わり、茎が固くなった6月の末に移植する。肥料は落ち葉の前の10月ぐらい。平地はそのまま与えればいいが、斜面は埋めるようにする。一番大変なのは花が咲く前の草むしり。喜びの前の労働という感じだ。
 クマガイソウと向き合っている時、長雄さんは不思議と腰に痛みを感じない。「わ好きなことをしていては痛くないんだ。人間、半分は気持ちの問題なんだな」と笑う。

 知人などにクマガイソウをわけてあげたりもする。腐葉土で育てなければ枯れてしまうので、山土と腐葉土を一緒に渡す。それでも、クマガイソウは3年ほどで咲かなくなる。もちろん、植木鉢では育てられない。
 一方、裏山でない山に返しても、いまの山では増えていかない。すぐに盗掘されてなくなってしまう可能性があるし、手入れもしなければいけない。「その土地に適したものを育てるのがいい。持って行ったって枯らしちまうしかない。地形や気候も関係するしな。それなら、ここで見るのがいい」。長雄さんは言う。「シドキだって、上だけ取っていけばいいの。天ぷらなんかにして食べるんだから。それが根っこから取って行くから」

 クマガイソウが一番早く咲くのは自宅裏のアケビ棚とそのそばの2カ所。次に東側の斜面だが、同じ斜面でも場所によって時間差がある。それから、一番寒い奥の斜面。花は1週間ぐらい咲いていて、長雄さんのところは5月中旬から1カ月ほどどこかで見られる。
 クマガイソウが植えてあるそれぞれの場所に、長雄さんは腰掛けを置いている。庭いじりをしながらそこで休憩し、しばらくクマガイソウを眺める。それは至福の時間でもある。そして、咲いた花々をみんなに見てもらうのが何よりうれしい。
 裏山を全部、クマガイソウで埋めつくしたい。それが長雄さんの夢。「でも、どこまでできるか。もう、その辺までで終わりかな」とつぶやく。そして、自分の亡き後を心配する。「どうせおれが死ねば、ここのクマガイソウはなくなっちゃう」と。



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