「ぼくの部屋」。内郷高野町の入の元湯には、生前、詩人の草野心平がそう呼んだ部屋がある。階段を上がりきった左の6畳部屋。心平は庭がよく見える窓際の椅子に座り、外を眺めていた。
役所関係のことで訪れたのが最初だった。その後は秘書の女性から予約があったり、心平自身が「ぼくの部屋」と連絡してきた。ぼくの部屋で心平は思うままに過ごし、用事がない限り宿でも放っておいた。
「それがよかったのかもしれない」。母から宿を受け継いだ高萩佳子さん(53)は振り返る。「何か書いていただけませんか」と心平に色紙を渡すことも考えつかず、心平自ら「何か書こうか」と、いくつか言葉を書いてくれた。
本家から移築してきた築数百年の合掌造りの家の写真を見て、松平知事が訪れたこともある。「どうして、うちなのですか」と、佳子さんの母は尋ねた。「いわきにいらしたら、ぜひうちに来てください」とは言われても「どうして」と聞かれたのは初めてだった。
つるつるした肌ざわりのお湯。かつては「痔の湯」と言われていたが、神経痛、腰痛、リューマチ、胃腸病などに効果
がある。そのむかし、湯長谷藩の落武者伝説では、戦いで傷ついた将兵の体をこのお湯に浸からせると、みるみる回復したという。
元禄五年には、長らく胃腸病と痔を病んでいた平城主内藤公が神のお告げでこのお湯を知り、入ったところたちどころに回復した、とも言われている。明治時代には大山元帥が静養に来て「諸人をすくう薬のこの水は 神の恵みに湧きや出でけん」と詠んだ。
まったく雰囲気の違う2つの風呂がある。どちらにも入って欲しくて、午前と午後で男女を交換している。
お料理の「お狩場焼」は好評で、宿泊客の希望も多い。「温かい物は温かいうちに、冷たい物は冷たいうちに」という料理の基本から、合掌造りの家の囲炉裏など炭火で食材を目の前で焼いて、その場で食べる。
とにかく訪れた人にゆっくり過ごしてもらいたい、と佳子さんは思っている。以前は「湯治場け?」と電話で言われると、いやだった。湯治場とは違うが、1、2泊しながらのんびり過ごせたらと考えている。まだ時間はかかるけれど、ホテルとは正反対の雰囲気の宿をつくっていきたいという。
心平のぼくの部屋のふすまに竜の絵が描かれている。昭和53年10月27日の泊まり客が断りもなく描き、何も言わずに帰って行った。ぼくの部屋に一夜にして現れたふすま絵を、心平はどう思っただろう。
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