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 鳥居忠政が天険の地・物見が岡に磐城平城を築いて400年以上になる。城は戊辰の役で落城し、その後新政府によって民地として払い下げられたため、当時の面影はほとんどない。「旧城跡」という住所、「お城山」という愛称は残ったが、城があった辺りは住宅地に変貌した。そのうしろめたさは、城跡が史跡公園になっているまちを訪れるたびに、心の痛みとなって唐突に立ち上がってくる。城の存在というのは特別なのだろう。

 そんなお城山にあって、ほぼ手つかずになっている場所がある。かつて本丸だった物見が岡。そこに天守閣はなかったが三階櫓があり、まちからよく見えた。「磐城名物三階櫓、竜のお堀に浮いて立つ」と俗謡でうたわれているほどだから、その櫓がいかに城のシンボルであり、まちの人たちの誇りだったかがよくわかる。

 本丸跡には、磐城平藩の最後の藩主・安藤信勇が明治40年ごろまで住んでいた。版籍奉還で藩知事になったが廃藩置県で免官され、その後学習院大学の教授を務めて晩年、磐城平に戻ってきた。最後の殿さまが、かつて自分の城や御殿があった場所でどんな日々を送っていたのか、興味深い。
 そして物見が岡は所有権が移って個人宅となり、住む人がいなくなったあとに浮浪者が勝手に寝起きしてぼや騒ぎを起こしたために、完全にシャットアウトされることになる。比較的自由に散策ができていた「みんなの物見が岡」は鉄格子と鉄条網に覆われ、強靱な鍵が付けられたのだった。

 「物見が岡が売られるらしい」という声をあちこちで聞く。数少ない石垣などの史跡も放置されたままで、この先どうなるのだろうという不安も覚える。歴史を壊すのは簡単だが400年を経たものには400年の重みがある。ここで必要なのは理屈ではなく、行動ではないか。もうこれ以上「あれが残っていれば…」という思いはしたくない。




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