企画制作集団「縄文魂」が毎年開いている「風の祭り」が今年で25年目に入った。回数にすると52回、延べの出演者は233人と3団体。縄文と津軽を切り口に表現者が魂をぶつけ合ってきたこの催しは、さまざまな実験を繰り返して、ステージそのものが創造現場になっている。「涯てからの風涯てへの風 南東北いわきから新文化発信」―。そう宣言する代表の新妻好正さん(61)を取材した。
平字大工町のフレンドリーショップけやきで「寺山修司著書・関係著作物等四五〇展」が20日まで開かれている。新妻さんがこれまでに集めた寺山関連の本、ポスター、チラシなどが展示されていて、まさに寺山ワールド。「気がついたらいつの間にか貯まっていた、そんな感じです」。新妻さんはそう言って、少し照れた。
双葉郡の富岡町で生まれ育った。まちには富岡劇場という映画館があり、3本立ての出し物が毎日変わった。ほとんどが日本映画で、暇さえあれば観に行った。双葉高校から日大文理学部の国文科に進学した。その時期に実家が売られ、「家」を失った。
ときは学生運動真っ盛り。「シティボーイになるんだ」と上京した田舎の少年はバリケードの中で弘前出身の詩人・福士幸次郎を読むことを勧められ、「津軽弁は美しい」と目を開かされる。
下高井戸に住み、大学では文学研究会に所属して、しょっちゅう新宿に出た。新宿文化、蠍座…。そして棟方志功の色彩、寺山修司の短歌、方言詩集「まるめろ」の高木恭造…。津軽、縄文への想いはどんどん深まっていった。あのころは街が学校だった。
バリケード貫徹150日記念で自主上映会を企画した。若松孝二監督、唐十郎主演の「犯された白衣」。そのとき、寺山の「田園に死す」をガリ版で刷り、友だちに配った。福島に戻って高校教師になってからは休みなどを利用して青森に通うようになり、津軽関係の交遊が広がっていった。
小野高校に勤めていたころ、映画の上映会を開いたことがあった。そんなささやかな行動、達成感が新妻さんの体の中で大きくなっていく。「生活していて何かが足らない。何か企画ができないものか」。まず三上寛さんのことが頭をよぎった。そして津軽在住の詩人・泉谷明さんと繋がり、昭和58年に記念すべき第1回の風の祭り(津軽の宵)がキネマ館で開かれた。
その後、津軽繋がりは三上寛を核に牧良介、高木恭造、鈴木秀次、友川かずき、福島泰樹、佐藤通弘、沢田としきなどとも結びつきを深め、地域も津軽を超えて東北、沖縄、韓国、東アジアへと翼を広げた。
新妻さんは家を失い、勤めの関係で住む場所を転々とした自分を根なし草だと言う。湖南―小野―富岡―四倉―内郷―いわき光洋―内郷・いわき総合と続いた高校教師生活にはピリオドが打たれたが、表現者同士の響き合いに対する想いはさらに強まっている。ジャンルを超えた表現者たちが即興によって、その場でしかでき得ないものを創造する喜び、それが創造現場「風の祭り」なのだという。
「予算が限られているし、前日リハーサルなんてできない。ぶっつけ本番です。初めて会ってその場で即興演奏に入っていく。素人の企画をスムーズに、しかも熱を持ってやってくれるのは、それだけ高い水準の表現者が集まっている、ということだと思うんです」と新妻さんは言う。
今回展示してある本の中には、一度手放して戻ってきたものもある。寺山修司の歌集『田園に死す』。友人に売却を依頼して、いったんは手元から離れた。早稲田あたりの古本屋に売った、と聞いた。その数年後、渋谷の古本屋で親父さんが座っているすぐ後ろの書棚でその本を見つける。箱の破れ具合などで自分の本だとすぐわかった。1万円ぐらい出しで買い戻した。
| 「第52回風の祭り」は寺山修司没後25年を記念して、26日午後6時半から、グリーンプラザいわきで開かれる。一部は「ふしぎななつかしい人よ」をテーマに人力飛行機舎代表の九條今日子さん、デザイナーの森崎偏陸さん、歌手で詩人の三上寛さんが寺山修司を語る。二部は音楽と映像詩の融合。「北暗ければ望郷ならず」と題して津軽三味線の佐藤通弘さん、ヴァイオリンの太田恵資さんが競演する。また27日午後1時からは沢田としきさんが小学生を対象に「世界で一冊の絵本をつくろう」というワークショップを開く。問い合わせは縄文魂(28-1086)へ。 |
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