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第12号
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 米にはまいったね。平成5年と同じ状態だよ。こんなに続くとはね。毎日、天気予報を見ている。やっぱり、でももしかしたらと思いながら、1日、1日と延び延びになった。これから穂が出てくるやつが一部の望みだが、おそらくダメだろう。
 低温と日照不足。低温に弱いのは穂の赤ん坊で、減数分裂期に低温が続くとお腹にいる時点で死んでしまう。7月下旬から8月の頭は17度以下の低温が続いた。花が咲いているように見えてはいても、すでに花粉は死んでしまっているかもしれない。それに、早稲系統は穂が出てからの積算温度が900〜920度必要だが、山間部は秋が早い。その温度が確保できなければ青穂になってしまう。
 7月下旬ごろまでは田を20センチぐらいまで深水にして、水の中に穂の赤ん坊を置いておくことで守ることはできる。でも、それより上に行ってしまったのはどうにもならない。稲が濡れどうしでイモチ病も発生しやすいが、それは予防薬を入れている。できることはやってきた。それでも、どれが災いするかは想像がつかない。おそらく悲惨な結果 になるだろう。
 そろそろだっぺな。仲間うちでは、そう話していた。5年に1度さわる冷害があって、10年に1度ぐらいはまいったなあというものがある。このところ、今年は今年はと思いながら暑い夏が続いてきた。今年は、タイ米を食った平成5年からちょうど10年だった。
 あの時、1反歩あたり2俵半(150キロ)の米がとれた。でも、精米したけれど食えない。処分して、米を買って食った。自分らで食う量 なんっていうのはたかが知れている。ただ、農家の一番のベースである米がとれなかった、という精神的なものがある。それがほかにも影響する。
 おてんとう様のこと。だれも恨みようがない。稲刈りになるのか、藁刈りになるのか、穂が垂れる9月半ばにならないと、はっきりしたことはわからない。





復 活
 「汝の立つところを深く掘れ、そこに泉あり―」。今回インタビューをした県立博物館館長・赤坂憲雄さんの言葉だ。そこには「自分たちで自分たちの良さを見いだせ。それが必ず武器になる。地域が地域として身を立て、戦いを演じる、その流儀と作法こそが欲しい」というメッセージが込められている▼24日の日曜日。ほぼ半世紀ぶりに小名浜岡小名の3匹獅子と棒術が復活した。奉納された小名浜の諏訪神社は早い時間から人が集まり、まさに黒山の人だかり。地区民の関心の大きさが伝わってきた▼かつてのように青年会組織が存在せず、日ごろ会うことが少ない中で、地区がまとまることは難しい。岡小名の場合、地区には獅子舞と棒術を伝えることができる人さえ存在していなかった。そうした状況を打破したのは、地区民の「復活させたい」という熱い思いだったという▼「一度消えてしまったものを復活させるエネルギーは並大抵ではないんです。だから、舞いからは熱い思いが伝わってきましたね」とは、獅子舞の存続に危機感を持っている識者。中でも、大変なのが笛だそうで、笛の吹き手を確保するのが大変だという。幸い、岡小名の保存会には高校1年生の少女が2人混じっている。どちらも吹奏楽部員で、「家族に勧められて」とにこやかに話していた。復活のシナリオの中には、歴史や先人の思いを知ることはもちろん、家族や地区民同士のコミュニケーションも含まれている。拍手したい。






灯籠流し

 平鎌田の灯籠流しが8月20日に行われ、数多くの灯籠が夏井川の水面 を飾った。夏祭りのフィナーレと言われるこの行事、季節は夏から秋へと移ろうとしている。
 例年、にぎやかに花火が上がるのだが、今年は不況のせいで寄付が集まらず中止になったという。区の役員が「市が宗教行事だから、っていって補助してくれないんだよ。なんとも割れきれないね」とぼやいていた。どうも、市民が夏祭りの中で期待しているものと、行政側が補助の対象としているものの価値観の間にかなりの開きがあるらしい。いつもながら、前例 踏襲の硬直した姿勢は動かしようがないようだ。
 昨年の暮れ、中国・雲南省の麗江・古城を訪れた際、川のほとりでロウソクの船を売っていた少女がいた。「願い事と一緒に川に流してください。きっと叶います」と、明るくにこやかに訴えている。観光客が買ったのだろう。まちの中を流れる美しい川にはかなりのロウソク船が浮かんでいて、幻想的な風景を醸し出していた。異国の地でこうした光景を見るのもなかなかいい。
 精霊流し、盆送りと水は切っても切れない。かつては、いわきでも盆中に供えたものを祖先の霊と一緒に「また来年の盆」と再会を誓って海や川に流した。しかし今では、環境問題がうるさくゴミとして出される。


 




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