ああ涼しい夏だ、このまま秋になればいいと思っていたら、突然の夏日。備えがなかった身体は一気に坂道を転げおち、体力、食欲、思考力はことごとくマヒするにいたった。
七転八倒する寝床では、灰色の脳細胞はただ沈黙するばかりで、なら胃袋のちからを借り、好きな食べ物でも思いだしながら、寝苦しき長い夜から、夢のなかへの脱出をはかるのも悪いことではないと思い、舌の記憶を遡る。
まず、味噌ラーメンがぼんやりと闇のなかに浮かんでくる。
平の銀座通りにあった『どさんこ』の味噌ラーメンである。〈札幌〉としかいいようがないスープに、ラードで炒めたモヤシと挽肉、そのうえにたっぷりのった、ざく切りの長葱の青や白。
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この味噌ラーメンを思いだすと、熱にうなされ寝床に横たわる、少年のじぶんを思いだす。天井はぐるぐる廻り、熱はいっこうに下がらず何も口に入らない。たまりかねた母が何か食べたいものがないかというから、「どさんこの味噌ラーメン」といった。まるで最後の晩餐である。母親は鍋をもってゆき味噌ラーメンを買ってきてくれた。鍋ごしに食べる味噌ラーメンは味がよくわからなかったものの、胃袋によくしみわたった。それから熱が下がり、じき回復したかどうか、もう覚えてはいない。
味噌ラーメンはふたたび闇のなかに沈み、「ケネール」が浮かんでくる。
家の近くに『サロン』という洒落たレストランがあった。わが家では家族の誕生日のときは、『サロン』から「ケネール」をとるのが習わしとなっていた。まるく、サックリあげられた三個のミンチカツのうえに、タケノコのスライスが入ったカレーソースをかけたもので、パセリと千切りのキャベツが添えられていた。
タケノコのカレーソースをかけるというところが独創的で、パセリのかおりがより料理を引きたたせた。タケノコの季節になるとじぶんでもよくつくり、昔の味を懐かしむのだった。
「ケネール」には不思議なちからがある。どんなにひどい二日酔いのときでも食べられ、というよりはむしろ、二日酔いのときに無性に食べたくなるのである。
そのときだけ肉体は、少年の薔薇色の内臓をもち、舌は遠い日を彷徨うのである。
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| (詩人) |
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