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 “夜回り先生”の名で知られている水谷修さんの講演会が4日、平工業高校で開かれた。13年前に夜間高校の先生になったのをきっかけに、夜のまちを歩いて子どもたちに声をかけ、さまざまな相談に乗っている。その数は5000人以上。いわきにも何度も夜回りに来ている。講演前日、いわきに着いた水谷さんはその夜もまちを歩いた。

■夜回りする理由
 水谷さんが夜回りをするのには2つの理由がある。1つは子どもたちを薬の売人や風俗のスカウトなどから守ること、もう1つは多くの子どもたちと出会い、一緒に将来を考えることだ。
 夜間高校の授業は午後5時から9時まで。水谷さんは午後11時ごろに学校を出ると、週3回は夜のまちを歩き、たむろしている子どもたちに声をかけて話をし、客引きをしている女の子には「いつでも連絡しなさい」と名刺を渡している。
 だから暴力団にもよく知られている。水谷さんの行動は暴力団を壊すことにつながるからだ。“夜回り先生”という名前も山口組の幹部がつけた。水谷先生が動けば、暴力団も動く。彼らが手出しできないように、助けられた子どもたちが周囲を守っている。

■一度やったことは消えない
 タカシは心が優秀な子だった。白い杖をついた人がいると手を貸した。大きなゴミ袋を下げておばあさんが歩いていると、その手伝いをした。そんなタカシが10年前、夜間高校に入学してきた。小学1年生から中学3年生まで毎年夏の3カ月間、学校にまったく行かなかったのと、家が貧しかったためだ。
 あとでわかったことだが、3歳の時にお母さんが家を出てからお父さんの折檻が始まり、タカシの背中は火のついたタバコをつけられた跡でいっぱいだった。だからプールの授業のある時期には学校に行けなかった。
 タカシの夢は暴走族になることだった。「1、2年生の時は大目に見て」。水谷先生にそう言って、タカシは暴走族に入った。それから数カ月もすると自分のバイクが欲しくなって、暴走族の先輩に相談した。「ひったくれ」。先輩のアドバイス通り実行した。たまたまの相手は年金暮らしのおばあさん。「やめて」としがみつくおばあさんを7メートルほどバイクで引きずり、そして逃げた。
 翌日、タカシは水谷さんに相談した。 「どうしよう」。水谷さんは「自分でやったことの始末は自分でつけろ」と話した。あやまって、それから自首する。おばあさんの入院している病院に行って、おじいさんに土下座してあやまった。おじいさんは無言だった。それから2日後、おばあさんは亡くなった。
 「罪を償うってできるか? 死んだ人間は生き返らない。いじめられて傷ついた心は治らない。一度やったことは消えない。生きるって重いんだ。日々恥ずかしくないように生きなければならない」。水谷さんは言う。タカシはいまも毎月、おじいさんにお金を送り続けている。

■マサフミ
 マサフミという男の子が13年前、夜間高校に入ってきた。入学式当日、シンナーを吸ってきた子だった。
 お母さんはいわき出身。父親を落盤事故で亡くし、中学を卒業すると東京に出て夜の世界に入り、暴力団の男性と結婚してマサフミが生まれた。その男性はマサフミが3歳の時に拳銃で撃たれて死んだ。以後、お母さんが縫製工場で働いて生計を立てていたが、マサフミが小学5年生の夏に病気で寝たきりになった。
 6畳1間のアパートは電気もガスも止められ、親子2人が食べる物にも困った。子どものマサフミが考えたのはコンビニで賞味期限の切れた弁当をもらうことと、「内緒で公園で飼っている子犬に食べさせる」と嘘をついて給食室のおばさんから余ったパンと牛乳をもらうことだった。しかし、そのうちに同級生たちに事情を知られ、いじめられた。
 そのマサフミを助けてくれたのは、同じアパートに住んでいた暴走族のお兄さんだった。マサフミは小学6年生で暴走族に入り、シンナーを吸い始めた。夜間高校に入学してきた時には、シンナー歴はすでに4年になっていた。
 「先生と一緒に暮らしたらシンナーは吸えないから、やめられる」。マサフミは水谷さんに言った。水谷家で暮らした1週間はシンナーをやめられたが、アパートに戻って3、4日するとまた吸い出した。
 ある日、マサフミは「シンナーをやめるために専門病院に連れて行ってくれ」と、水谷さんに言った。水谷さんは「用がある」と嘘をつき「来週に」と話した。マサフミは「今日は冷たいぞ」と言って帰って行った。4時間後、シンナーを吸っていたマサフミは、ヘッドライトが何かに見えたのか、ダンプに突っ込んで死んだ。
 火葬場で水谷さんはマサフミの骨をお母さんと箸渡ししようとしたが、有機物を溶かしてしまうシンナーのせいで、骨は箸渡しもできない状態だった。「シンナーがにくい。うちの子を2回殺した。1度目は命、2度目は体」。お母さんはそう言った。
 マサフミが亡くなって1週間後、連れて行く約束をしていた病院を、水谷さんは訪ねた。医師に「あんたが殺した。病気(依存症)を愛の力で直そうとしたが、それは専門家が直すもの。無理したね」と、言われた。それから水谷さんと薬物の戦いが始まった。

■2つの顔を持つ薬
 日本では薬と名がつくと、安心、安全、いいものの感じがする。でも、それは違う。毒を盛って毒を制するものだ。だから、薬剤師の指導を受けない薬 は飲んではいけない。
 薬物には2つの顔がある。最高の快感と死に神の顔。そして人を3回殺す。心と頭、肉体。いま若者の4人に1人が誘われる。いわきの夜のまちでも白と茶色の薬をグラム5万から8万円で売っている。誘われたら@話題を変えるA同じことを繰り返すBだって、でも、どうしてを10分間繰り返すC人通りのある、明るい方に逃げる。最初の出会いで「NO」と言える勇気を持てるかどうかだ。

■教師の仕事
 水谷さんは今年9月30日で22年間の教員生活をやめた。その間、ただ1度も生徒を叱ったことがない。壇上でも、教壇に立っても、生徒たちは静かに聴いてくれる。それだけ丁寧に人間関係をつくってきた。
 人はほめられることで成長していく。「今までのことはいい。これからを考えよう」と、子どもたちに話している。今の社会は攻撃的で、閉塞感がたまっている。10叱って、1つしかほめない。
 マサフミをはじめ、これまでにかかわった子どもたちのうち、23人が亡くなっている。「その子たちをしょっているから逃げない」と、水谷さんは言う。
 教師の仕事は明日を開くこと。「病気がひどく死は間もない。癌が勝つか、夜の世界で殺されるか」。そう語る。





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