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 今年1月から3月にかけて、いわき市内を中心に映画『フラガール』(李相日監督)のロケが行われた。撮影現場を見る絶好の機会、だと思い、この映画の企画・制作・配給元であるシネカノンにお願いし、できる限りの密着取材を試みた。舞台は昭和40年(1965年)のいわき。しかも炭鉱という特殊な世界。市民エキストラが、当時のヘアスタイル・服装に身を固め、助監督の指示に従って精一杯の演技をみせる。それを背景に、「トヨエツ」や「松雪」がオーラを放つ。そんな、『フラガール』のロケ現場をルポする。


 ロケ地の中心は、炭住街の雰囲気が残っている北茨城市の中郷、関本町神ノ山。このほか、ダンス練習場として古殿の中学校跡、そして、昭和41年1月15日のオープン日を再現するハワイアンズへと続いていく。
 まずは1月21日、関本町神ノ山を訪ねた。セットで火の見櫓や看板、組合運動の横断幕などが取り付けられ、そこは、すっかり1960年代の常磐の雰囲気。長身の豊川悦司さんが炭鉱労務者に扮し、渋みを見せている。そうしているうちに、炭鉱のおかみさん風の格好をした富司純子さんが黒塗りのハイヤーで登場。「富司さんの写真は撮れません」と、スタッフに釘を刺された。
 富司さんは、もともと映画の人。東映時代は高倉健さんとのコンビで何本も任侠映画を撮っている。いわゆる銀幕スターなのだ。エキストラで参加した女性によると、富司さんは特別 で、かつての映画撮影の手法を頑なに守り、丹念にリハーサルを重ね、時間をかけて役に入り込んでいくのだという。また、岸部一徳さんは、待ちの時間は、ひたすら静を保ち、本番になるといきなり役に入り込んで一気にブレイクするタイプ。その、あまりの格差がプロらしくて感心するとともに、何かおかしかった、と話していた。
 それと対照的だったのが、フラガールの中心的メンバーを演じた蒼井優さん。小名浜漁協で巡回お披露目のシーンを撮ったのだが、プロダクションからストップがかかっているらしく「腰箕を付けたフラガールの扮装のときは写真を撮らないでほしい。カメラも向けないで」と厳しい規制を受けた。それは、2月27日のハワイアンズでのロケでも、「蒼井さんと特定できるものは使えない」とのお達しが出て、記者団と広報スタッフの押し問答があった。
 ハワイアンズでのロケは、踊るシーンの集大成ともいえ、エキストラを千人動員。しかも室内の温度が30度手前という設定のなかで、実話同様、この日に向けて踊りを習い、さまざまなことがあってオープンにこぎ着けた、という手法をとった。カメラワークに凝る監督のようで、この日は何台ものカメラを用意して、さまざまな角度から多面的に撮すやり方で撮影が進んだ。
 館内の大広間、そこはまさにエキストラの巣。当時の雰囲気を醸し出す古着が山のようにあり、みんな丹念にメイクをしてもらっている。「とにかく待ち時間が長くてね」が共通した感想だった。
 記者会見では、南海キャンディーズのしずちゃんの1人舞台。撮影スタッフはロケ期間中、ハワイアンズに宿泊していたのだが、「ほとんど毎日、ギネスブックに載っている巨大露天風呂・与市に入っていました。温泉が救いでした」「ハワイアンズの撮影は暑かったけど、ダイエットできたかな」などと、ストレートな感想を連発し、優等生的な答えをする他のメンバーとの違いを見せた。
 3月2日。神ノ山を訪ねると、記念撮影のシーンが撮影されていた。踊り子の衣装を着た出演者が並び、教師役の松雪泰子さんが「みんな、なに緊張しているの。スマイルスマイルよ。そこ、笑って」と演技している。それを見ながら、石原仁美プロデューサーが言っていた「私小説的なひとりよがりな映画なんてうんざり。私は明るくて前向きなエンターテイメントの映画をつくりたい」という言葉を思い出した。




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