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 手元に小さな来年のカレンダーがある。タイトルは「みんなの風景―残しておきたい歴史的な建物たち」。全国13カ所の残しておきたい建物がほのぼのとしたイラストで描かれている。札幌時計台、厳島神社、川越の時の鐘…。どれも、その地区の人々の暮らしのなかに息づいているかけがえのない建物ばかりだ。今でこそ、残って当然のように思えるが、忘れていけないのは、ある時期に地区民の強い「残す意志」が働いた、ということだろう。今、その建物たちは、地区民たちから誇らしい眼差しを受け、渋い光を放ち続けている。  
 磐城桜が丘(旧磐女)のイチョウ並木が突然伐採されたとき、「またか」の思いが体中を貫いた。「怒り」と言った方がいいかもしれない。
 忘れられない話がある。評論家の秋山ちえ子さんが講演会で披露した。
 秋山さんが住んでいるまちに一本の老ケヤキがある。秋山さんは、駅へ行く途中、必ず、その木の前を通 り、知らず知らずのうちにその大木が記憶のなかに刻印された。
 ある日、所有者が土地を手放すことになり、「ケヤキが伐採されるらしい」という噂が広がった。その時初めて、まちの人たちは、自分の心の中を占めているケヤキの存在、を思い知らされた。「何とかしたい」と思ったが、自分の所有物ではない。あきらめるしかなかった。    
 そんな時、1人のお年寄りが行動を起こした。独り暮らしのその女性にとって、ケヤキはかけがえのないものだった。春夏秋冬のケヤキの表情は、自分の過ぎ去った日々そのものだった。
 女性は言った。「木の部分だけ土地を買い取りたい」。その行動が、まちの人たちの魂を呼び起こした。すぐケヤキを買い取る運動がスタートし、ケヤキは残った。
 秋山さんは言う。「木一本を残したことが重要なんです。そして、木一本さえ残せないまちは、文化を語る資格はない」桜が丘高校のイチョウは、桜が丘高校の、いや県教委の木であって、そうではない。いわき市民一人ひとりの木なのだ。あの、桜とイチョウの並木は、まさしく「みんなの風景」なのだ。「知らないうちに」とバッサリ切ってしまう県教委の体質と、「残す意志」が実らないいわきという土地が、どれだけまちの魅力を削り取っているのか、知るべきだろう。大切なものというのは、失ったときにその価値がわかる。壊されたまま空き地になっている旧合戸小跡、シャッターが閉まったままの大黒屋デパート、がらんとして、無味乾燥な桜が丘高校の校庭…。そのどれもが、かつてはみんなのかけがえのないもの、だった。その光景を目にするたびに、悲しくなる。

2001.12.21


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