夜の森のこと
さくらの季節に、足の悪い高齢の大叔母を車にのせて、お花見巡りをするのがこのところ恒例になっていた。その時々で巡るさくらは違うが、必ず訪ねるのは昔、青春を謳歌した女学校のさくら並木。窓を開けて、しばらく眺める。 その大叔母がさくら巡りの際に必ず思い出して口にするのは、10数年前に見に行った夜の森の夜桜のこと。ちょうど満月で、さくら並木の上空に浮かぶ月が美しく、風情があり、帰り道もずっと満月があとをついてきた。 「あの夜桜はみごとだった」。大叔母は言う。「じゃ、また見に行こう」と誘うのだが、その素晴らしい情景がこころに焼きついているからいい、と出かけようとはせず、毎年、さくら巡りの車中で同じはなしをする。 そして学生時代を仙台で過ごしたわたしは、五月の連休の終わり、ふるさとから仙台に向かう電車がツツジの花でいっぱいの夜ノ森駅を出ると、新緑の休暇に終止符が打たれた気持ちになったことを思い出す。
昨春、夜の森のさくらはどうしただろう、と多くの人がほかの地で思ったことだろう。刻まれた歴史や営まれてきたくらし、風景、におい、音、風…。たくさんの人のこころにいまもあのさくら並木、それに駅のツツジが鮮明に残っている。