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引き付けられる。花はじきに当然のように枯れていく。人も虫もその姿を当然のように見過ごしていく。枯れた花はじきに当然のように種を付ける。
種をよくよくよーく見てみよう。そこにはいろいろなものが詰まっている。ひとつひとつ形が違う。種の顔がそれぞれある。表情がある。個性がある。性格さえあるようだ。種の表面
を見ていると。何かが見えてきた。それは人の形?鳥?
風景? 文字?
雲の形がまるである形のように見えてきたり、夜空を見上げて星をつなげてある形のように見えてきたり、壁のしみがある形のように見えてきたり、洞窟の中の岩の凹凸
がある形のように見えてきたりするように、種にもいろいろなものが見えてきた。
それは記憶? 種の持っている記憶がそこに浮かび上がってきている? 浮かび上がってきているかのように! それは記憶? 自分の記憶がそこに映し出されてきているの?
種は花の時期があった。花は苗の時期があった、苗は種の時期があった。その種はその前の年には花の時期があった…。今年はここで咲いてここで種になったこの朝顔も昨年はここではなくむこうの地で花を咲かせて、種になっていた。むこうの地で種になった朝顔も、そのまた前の年はそのまたむこうの地で花を咲かせて種になっていた。
だから種には記憶がつまっている。それぞれの土地の記憶がある。それぞれの土地でかかわってきた人たちの記憶がある。だから種を見ると私たちは時間を旅する、空間を旅する。ここにいながらむこうに行くことができる。
種は動いている。これからも動き続ける。種は私たちを連れて行ってくれる。動く、移動する種。だから種を見ているとどこにでも行けるような気がする。
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