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想像力がある、ない。想像力とはいったい何だろう?想像力というからには文字からいって、やはり力であるのだろうか?つまりエネルギーというものなのだろうか?私は今、なるべく小さいエネルギーのことを考えている。小さい想像力に注目したい。「想像力が豊かだね」という言葉よりも、「想像力が少ない」という点にこそ、想像力の正体があるのではないかと考える。種子島から宇宙にロケットを飛ばすエネルギーよりも、カレーを煮込むエネルギーのことを追求したい。
白衣を着た研究者が実験室で行なう10年計画は人類に大きな進化をさせるべく膨大な予算をかけて日夜努力している。かっぽうぎを着たお母さんが今晩の献立を考える。この二つの想像力のエネルギーを比較してみよう。前者は非日常であるがゆえ、凡人には届かない理解不可能なエネルギーを出している。後者は日常の中の些細なエネルギーを出している。しかし両者ともエネルギーを出しているという点に於いては同じであるという点に注目したい。想像力があるからこそ日常が乗り切ることができるのである。想像力を日常に生かしているからこそ生活できているのである。想像力というものは身近な力である。決して特定の人だけがもっているものではない。小さいエネルギーは個人の時間の中で常時働いているのである。
このような考え方が、より芸術というものを身近なものに、また芸術と言うものをもっと活用し機能させる上では大切なものになっていくのだと考える。想像力を持っているんだという意識、その積み重ねで生活ができているんだという意識が、想像力を把握することができ、個人の中でその存在を確認することができるきっかけになっていくのである。
(2003年9月9日(火)水戸芸術館でのワークショップ「その日の刺激はその日のうちに」の会場にて)
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