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 西岸良平の「三丁目の夕日」に年老いた踏切番の話がある。
 踏切わきの小さな番所で毎日を過ごしながら踏切を開け閉めする人生。何よりの誇りは、自分が担当する踏切で事故を起こしたことがないことだった。
 気が緩んだのだろう。定年が近づいたある日、番所で居眠りをしてしまう。走馬燈のように浮かんでは消える人生。ふと目を覚まして線路を見ると、電車がそこまで迫っていた。しかも茶飲み友だちのおばあさんが立ち往生している。「危ない」と思った踏切番は線路に入り、おばあさんを助け出したが、自分はあの世へ旅立ってしまう、というストーリーだった。
 平にある大工町踏切を通るたびにその話を思い出す。今では機械化され自動で開閉するようになってしまったが、かつては電車が行き来するたびに踏切番の人がハンドルを回していた。
 電車が来るタイミングと人の往来を的確に判断し、踏切を上げ下げする。やんちゃな子どもや動作がゆっくりのお年寄りには、温かい眼差しを向け、無茶をする若者には容赦なく警笛を鳴らす。そんな、踏切番だった。
 思えば、踏切が手動だったころはそのあんばいが絶妙で、渡る側の事情というのをよく見てくれていた。しかし、機械の踏切はこちらの立場をまったく無視し、あの毒々しい「カンカンカンカン」という警告音とともに、容赦なくシャットアウトしてしまう。それが効率至上主義の現代社会を象徴しているようで、ちょっぴり悲しい。
 どうでもいいことに目くじらを立て、大事なことは黙殺する。それに比べて踏切が手動だった時代は、なんともおおようでおおらかだったことか。線路の向こうとこちらを結ぶ踏切には、ゆったりとした時間が流れ、さまざまな人生が見え隠れしていた。
 「今の踏切はなんてせっかちなんだろう」
 警告音とともに点滅を繰り返す真っ赤なシグナルを眺めていたら、思わずため息が出た。





蓮池兄弟とロック

 70年代に活躍したアメリカ西海岸のロックバンド・イーグルスに「DESPERADO」という曲がある。日本での曲名は「ならず者」。拉致被害者の1人・蓮池薫さんが、北朝鮮にいたころ、この曲を精神のよりどころにしていたのだという。薫さんの兄・透さんがテレビのインタビューで語っていた▼ふたりは学生時代、中央線沿線のアパートで自炊生活をしていた。ともにロックが好きで、レコードを聴いては音楽論を語り合っていた。弟がやっと帰ってきた日、バスの中で兄が「CDを知ってるか」と聞いたら、弟が「もちろん知ってる。馬鹿にするな」と答えたと言うが、「音楽好きの兄弟ならではの話だ」と思った▼「DESPERADO」は美しいスローバラードだ。「冬になっても逃げ腰になるな」と励まし、「正気に戻ったらどうだい」と語りかけている。イーグルスの曲の中では、「ホテル・カリフォルニア」などと違って、「知る人ぞ知る」といった地味な曲だが、じっくり聴いてみると、北朝鮮で20年余の時を過ごした薫さんの心がしのばれ、切ない気持ちになる▼70年代に青春時代を送り、異国の地でそのままの日本を思い続けた薫さんと、変化の激しい日本にいながら弟の無事を信じ、必死に活動を続けてきた兄の透さん。ふたりの長い空白を埋め、瞬時に「あのころ」に戻らせてくれたのは、一緒に聴いていたロックだったとは…。あらためて、音楽が人間に与える力のようなものを感じる。






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