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詩人の旅


 詩人は、力を籠めずに涼しく、そして1つ1つに関心をもって、ただ在るべき者なのである

 天平にとって、生活そのものが詩でなければならなかった。それを端的に表しているのが「詩人といふ者」という文章だろう。そこには、なぜ比叡山に籠もったのか、その理由が散りばめられている。

 天平は「詩人といふ者」を自信を持って書き上げ、『文学界』に送る。しかし返事は「掲載は無理」だった。「それならば」と、確かな目を持っている評論家として認めている小林秀雄のところに回してもらったが、思うような答えは返ってこなかった。
 薄っぺらな文化がはびこっている戦後を「薄明の時代」と呼び、自ら一線を画した天平にとって、それは当然のはずなのだが、小林秀雄に評価されなかった、というのはショックだったようだ。

 「詩人とは志を持つ人でなくてはならない」と天平は言う。しかも、心をさわやかにするもの 、というのが信念で、さわやかな気持ちを得るために歩き得た人しか、真の詩人とは認めなかった。そういう意味で「日本には真の詩人がいない」と断言していた。
 そのころ、天平を師と仰いでいた早稲田大の学生・多和進に対して「正しい文化は生命に付く気持ちよさで、生意気とは反対のものです。そんなことでは文学青年の間だけの文学しかできません」と鼻をへし折っている。

 天平にとって詩とは「心の一番底まで届き、出る真の一声」なのだった。精神の純粋と肉体の純粋をつねに考え、1年1編の詩だけを書いて10年も押し通 せば、秘密の通路も整然と開けてくる―そう言い切って、純粋による自由の中で詩を書き続けようとしていた。
 ロシア文学者の湯浅芳子は「詩人は超俗のシンボルなんだ」と言った。そういう意味で天平は、真の詩人になるために自らを律し比叡山に籠ったのだった。





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