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糸巻の糸は切るところで切り
光つた針が
並んで針刺に刺してあるそばに
小さなにつぽんの鋏が
そつとねせてあつた
妻の針箱をあけて見たとき
涙がながれた
「妻の死」と題する天平の詩。天平の悲しみが情景とともに迫ってくる。最初の妻・ユキの死に関するものは、このほかに「妻の柩」「雪の朝」「さようなら さようなら 優しい隣組の奥さんたち」がある。
ユキは長野県出身で、旧姓三原。元松竹少女歌劇の踊り子というだけあって、肢体がスラリと伸びた、色白の美人だった。しかし、派手なところのない清潔な感じのする女性だったという。天平が銀座に開いていた喫茶店「羅甸区」でユキが給仕係をしてた関係で結婚した。
天平とユキの生活は10年に過ぎない。結婚当初は「羅甸区」が順調だったこともあって、比較的裕福な暮らしをしていたが、店は間もなく人手に渡り、生活は困窮を極めた。杏平の誕生、天平の転職…。そうした苦しい日々が続く中、ユキは自らデパートに勤め、家計を助けた。
昭和17年1月8日、ユキは29歳で逝った。防火訓練で水をかぶって風邪をひき、こじらせた。食糧事情の悪い時代で、ユキはみるみる衰弱し、ついには帰らぬ
人になった。眠るような最期だった。
天平はこの死を目の当たりにして、精神の転機ともいえる激しい思いが全身を駆けめぐる。妻の死が外的要因になって、天平の心の奥深くに眠っていた「詩を書く心」を呼び起こし、一気に詩の世界へと入り込んでゆく。そして、荒野をさまよった自らの心を、悲しみの情景として文字に刻印するようになるのだった。
処女詩集『ひとつの道』は、ユキの死をきっかけに杏平を連れて上小川に戻った天平が、ひとつの生き方の告白として編んだ。なだらかな阿武隈山系の山並みを見ながら、自らの生き方と対峙し、内面
をさりげなく吐露している。
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