GIFアニメ 日々の新聞
CONTENTS 草野天平の頁
天平アンソロジー
草野天平の本
草野天平の言葉
日々の新聞
風の通る家
いわきクロニクル
オンブズマン
編集後記
招待席

田人お伽草紙
草野天平の頁
HIBINO IN IWAKI
時のゆくえ
仲間たちの野辺送り
蔡國強といわきの物語
DUO
オリジナルショップ
定期購読
リンク集
妻の死


  糸巻の糸は切るところで切り
  光つた針が
  並んで針刺に刺してあるそばに
  小さなにつぽんの鋏が
  そつとねせてあつた
  妻の針箱をあけて見たとき
  涙がながれた

 「妻の死」と題する天平の詩。天平の悲しみが情景とともに迫ってくる。最初の妻・ユキの死に関するものは、このほかに「妻の柩」「雪の朝」「さようなら さようなら 優しい隣組の奥さんたち」がある。

 ユキは長野県出身で、旧姓三原。元松竹少女歌劇の踊り子というだけあって、肢体がスラリと伸びた、色白の美人だった。しかし、派手なところのない清潔な感じのする女性だったという。天平が銀座に開いていた喫茶店「羅甸区」でユキが給仕係をしてた関係で結婚した。
 天平とユキの生活は10年に過ぎない。結婚当初は「羅甸区」が順調だったこともあって、比較的裕福な暮らしをしていたが、店は間もなく人手に渡り、生活は困窮を極めた。杏平の誕生、天平の転職…。そうした苦しい日々が続く中、ユキは自らデパートに勤め、家計を助けた。
 昭和17年1月8日、ユキは29歳で逝った。防火訓練で水をかぶって風邪をひき、こじらせた。食糧事情の悪い時代で、ユキはみるみる衰弱し、ついには帰らぬ 人になった。眠るような最期だった。
 天平はこの死を目の当たりにして、精神の転機ともいえる激しい思いが全身を駆けめぐる。妻の死が外的要因になって、天平の心の奥深くに眠っていた「詩を書く心」を呼び起こし、一気に詩の世界へと入り込んでゆく。そして、荒野をさまよった自らの心を、悲しみの情景として文字に刻印するようになるのだった。
 処女詩集『ひとつの道』は、ユキの死をきっかけに杏平を連れて上小川に戻った天平が、ひとつの生き方の告白として編んだ。なだらかな阿武隈山系の山並みを見ながら、自らの生き方と対峙し、内面 をさりげなく吐露している。





日々の新聞風の通る家いわきクロニクルオンブズマン情報
編集後記田人お伽草紙草野天平の頁日比野克彦のページ
オリジナルショップ定期購読リンク集
 
  画面上へ