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 来月、母国日本はあの「大惨事」から10年目を迎える。当時、フクシマ第一原発事故によって拡散した放射性物質は、瞬く間に周辺地域や太平洋上に飛散した。だが、事故当初の危険な情報を日本政府そして東京電力は正確に伝えることなく、結果 として多くの悲劇を生み出した。
 2011年3月11日の地震発生直後、時の首相菅直人は同盟国アメリカに救援を依頼。オバマ政権は直ちに韓国に向かおうとしていた太平洋上の原子力空母ロナルド・レーガンを東北沖に派遣。人道支援の急務として直行したが、不運にも空母が停泊する海上は放射性プルームに覆われてしまっていた。そうとも知らず、懸命に救援活動に向かう海軍兵士たち。アメリカ軍はこの軍務活動を「トモダチ作戦」と名付けた。
 しかしながら、海上の異変に気付く兵士たちもいた。作戦の直前、直立不動の甲板(艦上)で生暖かい空気に包まれたと感じた者、あるいは突然アルミホイルのような味を口の中に感じた者。それぞれが妙な異変を感じとっていながらも、任務遂行準備のため緊張感に包まれていたのである。

 兵士たちは、自分が危険レベルの放射線にさらされているなどとは夢想だにせず、甲板任務に従事、また人道支援に向かうヘリコプターに搭乗。甲板上から陸地までの往復燃料を節減すべく、空母はできる限り陸地に近づこうとしていた。そして兵士らは、身体上の異常さに気づき始める。
 女性兵士たちは尿意を催す頻度や下痢に悩まされ、女性用トイレにはかつてないほど長蛇の列ができた。ある女性兵士は、任務を終えた初日、さりげなく髪を手でとかしつけると驚くほどの量 が指にかかって抜ける異常さに愕然とする。だが、無情にも作戦は続けられた。
 以後放射性プルームに包まれながら、一応のめどがついた三月末日まで、世界の海から次々に到着する艦船とともに、捜索や物資の供給など懸命な活動が繰り広げられていったのだった。
 その年の秋、空母レーガンはカリフォルニア州サンディエゴの港に帰還。だが時すでに遅く、航海中から兵士たちの健康状態に異変の数々が見出されていた。出血が止まらず、さまざまな検査を受けて応急治療はするものの、結果 として子宮を摘出しなければならなかった女性兵士、朝目覚めると睾丸が三つに増え肥大していることに驚愕する男性兵士。さらに航海中、止まらない下痢に悩まされ続ける者、いきなり視力が低下した者、何度も呼吸困難に陥る者など、多くの乗組員たちが苦しみ続けた。
 作戦中の被曝が原因ではないかと疑う兵士たちが後をたたないなかで、空母の医務室はごった返していたが、どの医師も「被曝の可能性」を否定した。放射能汚染は認めるが、その量 は微量。それゆえ、直接的な健康上の被害はない、というのが医師たちの見解であった。
 被曝の不安を抱いての帰国を目前に、各部隊長は自分の部下たちに「ヨード剤の配給があった」という書面 にサインを強制した。もちろん、そんな事実はない。ある部隊の兵士は事実無根だとして、署名を拒否。だが別 の部隊ではそれを許さない。上官の命令に従わなければ空母船内の留置室に閉じ込め、「下船を許さない」と脅迫するケースもあった。混乱する事態のなか、一刻も早く下船して家族のもとに走りたいと願う一心で、やむなく求めに応じた兵士たちも多くいた。

 帰還後、症状の重さに除隊を余儀なくされる若い兵士たちが後をたたない。彼らは健康を害し、就職もままならず、生活が困窮。そればかりか日々悪化する症状にあって、診察を受ける余裕などあるはずはない。家庭は崩壊、離婚の悲劇が相次ぐなか、ひたすら孤独に耐えて懸命に生きる希望を見出そうとする。一方で、絶望感に打ちひしがれ自暴自棄になる帰還兵たち。それぞれが、絶望の淵に立たされていた。
 このように非情な現実のなか、翌年の二〇一二年十二月、意識の高い元兵士八名が代表として原告団を結成。福島第一原発事故を引き起こした東京電力を相手取り、医療費の支払いを求めて告訴した。このとき日本側からは、「なぜ兵士たちはアメリカ政府およびアメリカ軍に求めないのか。これでは主客転倒だ」と非難の声が相次ぐ。だが、ここには認識の隔たりがある。
 トモダチ作戦に参加した兵士たちは、法律上アメリカ軍を訴えることが許されない。「有事の際の軍事作戦でいかなる損傷がもたらされようとも、兵士はアメリカ軍やアメリカ政府を訴えない」とする法の現実が横たわっているのだ。兵士たちは、「二〇一一年三月の『トモダチ作戦』は、軍事上の行動であった。ならば事故が起きた際に、せめてメルトダウンの事実だけは知らせてもらいたかった。そうであれば、作戦開始直前であったとしても自分たちに声を上げる機会はあり、被曝の危険性からは逃れることができたのだ」と主張し、東京電力が日本政府及びアメリカ政府(軍)に迅速にメルトダウンの事実を通 告しなかった重大なとその責任を訴因としている。
 以後、原告団の数は増え続け、現在は五百名以上になっている。だが不幸にして東京電力が日本での裁判を求めて「裁判管轄権」を繰り返し主張し、ただの一度も「実体審理」のないまま、日米のどちらで裁判を執り行うのかに終始してきた。今日までなんら進展することもなく振り出しに戻している。

 東京電力が、なぜ日本での裁判「管轄権」にこだわるのか。その背後には、日本の「フクシマの裁判」関係者も期待する米国特有の「ディスカバリー制度(証拠及び情報開示制度)」があるからだ。さらに米国における裁判で、万が一にも損害賠償や精神的苦痛に対する高額な賠償(懲罰的損害賠償)が認められたならば、「フクシマ裁判」への前例となりかねない。東京電力はこのような事態になることを危惧しているからである。
 当初日本政府は、東京電力と同様に兵士たちの被曝はアメリカ海軍に責任があると主張した。だが、日本政府の要請に応じて「空母レーガン打撃群」が東北被災地へ舵を切り直した事実をもってして、被曝の責任がアメリカ海軍にありと主張するのは本末転倒ではないかと、その矛盾を連邦地方裁判所判事が厳しく指摘。だからこそ、弁護団を始め兵士たちも公判審議に入ることを大いに期待した。にもかかわらず、二〇一八年十一月に始まった審理のなかで、再び棄却申し立てとして被告東京電力は「管轄権」を再度提起した。
 被告側東電等は、次のように言う。

 「現在フクシマにおいて『原子力損害賠償請求紛争処理センター』を通 じ一万七千件以上の請求と約百六十件の裁判手続を解決するために(ザ・サンディエゴ・ユニオントリビューン紙 二〇一九年三月五日付)七百五十億ドル以上支払われており、アメリカでの裁判は不要で、兵士たちの被害はフクシマの被害者同様、日本での訴訟で解決できる」と強く主張した。

 だが、こうした被告東京電力の主張をかねてより予測した日本人弁護士河合弘之・海渡雄一両氏は、すでに二〇一六年夏、「法廷助言人」(amicus curiae)として「日本で裁判を行った場合、兵士たちが勝つ見込みは全くない」と連邦裁判所に提議した。なぜなら兵士たちは病人で健康上の問題があり、出廷が困難なこと、英語の堪能な弁護士の確保、巨額の訴訟費用、医学記録を和訳する作業、さらには日本での滞在費用などを考慮すると、日本における訴訟の現実性は程遠いとした。しかしながらこのときの判決は、この法廷助言人の「現実に則した意見」を踏まえることで真実に迫り得る裁判の可能性を排除し、日米間の政治関係等も考慮したうえで、国際礼譲(international comity)を優先し、「裁判管轄権を日本とする」との結果となった。遺憾ながら、以後はなんら進展が見られないまま現在に至っている。

 だが、兵士たちは決してあきらめてはいない。これからの世界において、原子力発電に頼らない社会を作るために自分たちは「未来志向」的に戦い続けるのだと言う。自らの「非情な体験」を未来につなぐべく、子供たちや子孫が安心して暮らせる時代を築くために命のある限り戦うのだ、と決心した兵士たちの力強い姿勢は、報道に携わる身として救われる思いであると同時に、大いに励まされる。原告団兵士たちは決して「捨て駒」ではない。今後は国際的な視野で、置き去りにされつつある被災者たちの「苦悶」を追究する場が急務となってくる。
(フリーランス国際ジャーナリスト アメリカ・ワシントン州出身)


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