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Katsuhiko hibino in Iwaki 2001
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 東京藝大を卒業した若手アーティスト2人と一緒にアルゼンチンの北部にあるキルメスという村に行ってきました。陶芸科出身のショウゴ君はブエノスアアイレスからキルメスに移動する道中に土を採集しながら目的地に向かいました。彫刻家出身のマイさんは同じく道中に草を採集しながら移動しました。
 ショウゴ君はその土を粘土にして人形をつくり、野焼きをして焼き固めて300体の人形を長い行列にして展示しました。マイさんは草と日本とアルゼンチンの生地を裂織りしてウチワの形を180枚つくり、ウチワから出ている裂織りの端の糸を1つずつ繋いで180枚の連なる形にして展示しました。
 人形とウチワを2人と一緒に作った仲間がいます。地元キルメスの子供達と工芸職人たちです。彼ら彼女らの先祖はこの地名であるキルメス族なのですが、今は正確にはキルメス族はもうこの世にはいません。
 南米にスペインが入植してきて、この地で最後まで抵抗したのがキルメス族でした。アルゼンチンの首都ブエノスアイレスにもキルメスという地名があります。実は故郷のキルメス村から強制的に全村人がブエノスアイレスに移住させられたのです。抵抗勢力を目の届くところで監視しておく意味があったのでしょう。  キルメス族の人々は数千キロの距離を歩かされて移動しました
が、道中多くの人が亡くなりました。その話がキルメス村では言い伝えられています。近年アルゼンチン政府には先住民族の文化をしっかりと地元で継承していこうという動きがあり、私たちはその役割を引き受けて活動してきたということです。
 キルメス文化といっても既に継承されているものは1つもなく、山肌にあった住居跡も20年ほど前に観光客用につくり変えてしまっていて、考古学的価値もなくなっていました。今も昔も変わらないのは、そこにある土と草です。そこからまた今いる地元の人たちと、土から教わり、草から教わり、キルメスの文化をつくり上げていこうとしています。
 ショウゴとマイはキルメスに30日間滞在しました。日本人が持っている文化に対する尊敬の気持ちは地元の人たちにも伝わり、二人の熱心さと物を作る姿勢に感化されて、ここから何かが生まれてゆき、新たな物語が始まりそうなことになりました。
 これらの作品は7月6日から8月18日までアルゼンチン北部の州都TUCUMANにある美術館でTURNプロジェクトとして展示しています。またQUILMESでは8月の末から展示する予定です。 

(アーティスト)
 

 
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