ストリートオルガン

大越 章子




画・松本 令子

ベートーヴェンとフォルテピアノ

久しぶりのコンサート

 9月の終わりにコンサートに出かけた。川口成彦さんのフォルテピアノコンサート。フォルテピアノはモーツァルトやベートーヴェンなどの時代、18世紀から19世紀前半の様式のピアノで、タッチはもちろん音質、音域、音量も現代のピアノと異なる。
 コンサートは、1月にチェリストの鈴木秀美さんたちトリオのブラームスを聴いて以来、8カ月ぶり。主催したいわきアリオスは会場の座席の前後左右をひと席ずつ空け、予約したチケットも当日その場で購入にして、体調が悪い場合にキャンセルしやすくするなど、考えられるコロナ対策をとった。
 2020年の今年はベートーヴェンの生誕250年の記念の年。プログラムはハイドンに捧げたピアノソナタ第一番、八番の「悲愴」、二十三番の「熱情」などベートーヴェンづくし。川口さんはベートーヴェンも愛用したイギリスのジョン・ブロードウッドのフォルテピアノで弾いた。

 いわきアリオス主催のクラシックコンサートでは恒例の楽しみになっている、音楽学芸員の足立優司さんの作曲家や演奏曲、楽器などの解説もコロナ対策で短縮され、代わりにプログラムで何頁にもわたって詳細に説明された。
 足立さんのステージでの熱い語りとプログラムの文章によると、ベートーヴェンが活躍した時代はピアノが急速に進化した時代でもある。チェンバロのように弦を爪ではじくのではなく、ハンマーで打って音を出すピアノ。イタリアの楽器製作家のバルトロメオ・クリストフォリ(1655—1731)によって、1700年ごろまでに生み出された。
 ベートーヴェンほど多くの種類のフォルテピアノを使った作曲家はいない。新たな表現にさらなる音質や音域を求め、ピアノ製作家はそれに応えてピアノを改良、発展させ、想像力を支えた。20数曲あるピアノソナタそれぞれを作った時のピアノを比較すれば、その時々のピアノの力を最大限に用いているのがわかるという。

 川口さんがコンサートで弾いたフォルテピアノは1800年に製作された5オクターブ半の音域を持つもので、今年、フォルテピアノ製作家の太田垣至さんによって修復された。ベートーヴェンが1803年にフランスのピアノメーカーのエラールから贈られたピアノと類似していて、その2年後、ベートーヴェンは「熱情」を作曲している。
 王侯貴族のサロンで演奏されたフォルテピアノは、現代のピアノのような大きな音を出す必要はなく、静かでやさしい音を響かせる。初めてフォルテピアノの演奏を聴いたのは、いわき市立美術館のロビーコンサートで、ベートーヴェンの「月光」だった。あの時の衝撃は忘れられない。印象がまったく違い、ベートーヴェンに少し近づけた気がした。
 20代後半から持病の難聴が悪化し、「月光」の作曲当時、すでに聴力を失っていた。そのベートーヴェンを救ったのは教え子でもあった恋人の存在だった。けれど恋がかなうことはなく、絶望の底で曲作りを続けた。弟子のカール・ツェルニーは「夜の遙か彼方から魂の悲しげな声が聞こえる」と表現している。
 翌年、ベートーヴェンは自らの運命を呪い、弟たちにハイリゲンシュタットの遺書を書いている。「悲愴」はその4年前、「熱情」は2年後に作られた。川口さんのピアノソナタは繊細で優雅で、時にきらめき、うなり、多彩な表情をみせた。人柄と演奏できる歓びがより表現を豊かにし、フォルテピアノの息づかいまで感じられた。
 やっぱり生の演奏はいい。

そのほかの過去の記事はこちらで見られます。