025回 夏休み

大越 章子

 

画・松本 令子

宝物がつくられるシーズン

夏休み

 学生時代、1軒の家に女の子4人がいっしょに暮らしていた。大学の生協で紹介してもらった住まいで、台所と洗面所、トイレ、お風呂、それに部屋が四つあった。4人は出身地も、学部もそれぞれ違う。その住まいを選んで、偶然、同居人になった。
 一番奥の部屋のチカちゃんは学者を目指す文学部の学生で、そのころシャーマニズムに興味を持っていた。「夏休みに恐山に行こう」。子どものころに青森の観光冊子を見て、恐山は一度訪れたいと思っていた場所だった。チカちゃんとわたしは恐山行きの計画を立てた。
 どうせ行くなら、恐山に青森中のイタコが集まる恐山大祭の時がいい。そのうちにシャーマニズムを研究している大学院の先輩と、夏休みを北海道の下に浮かぶ無人島の小島で過ごす男子学生2人も加わり、5人で恐山に行くことになった。
 7月21日正午、野辺地駅集合。先輩は岩木山で滝に打たれる修行などをした足で、無人島に行く男子学生たちはテント生活をしながら野辺地を目指した。わたしとチカちゃんはオーソドックスに、その日の朝に仙台を出発して新幹線と特急電車を乗りついで野辺地に着いた。
 野辺地駅にはテントを背負った山男風の男子学生たちと、ひげを伸ばした仙人もどきの先輩がいた。大湊線に乗って車窓から陸奥湾の海を眺め、下北駅に着いた。そこからバスで40分ほど。まちの風景から山の景色に変わり、いよいよという感じのところでバスは止まった。
 山門をくぐり改修中のお堂に手を合わせ、左の小道を上ると白い岩肌の荒涼とした風景が広がる。鼻につく硫黄臭。点々と立ち並ぶお地蔵さん、ハタハタと音をたてて回る風車、無数の無縁塔。賽の河原、地獄谷、血の池など場所場所に名前がつけられているが、そこは不気味で恐いというより地の果ての雰囲気で、エンデの『はてしない物語』の一場面のような風景だった。
 一周して、青森中から集まったイタコたちのいるテント街に行った。小さなテントをうろうろ歩きながら、その口寄せを立ち聞きした。イタコ自身に死者が乗り移って語ったり、死者と家族の伝言役に徹したり、とその方法はイタコによって違う。立ち聞きしながら、先輩が解説してくれた。そして「口寄せしてもらうならあの人」と、太鼓判を押すイタコ組合長に冬山で亡くなった従兄弟の口寄せをしてもらった。
 その晩はそこに泊まり、翌日、下北半島をぐるり回って、大間港からフェリーに乗り、大波に揺られながら青森に着いた。そこから男子学生たちは小島に向かい、無人島での人間心理を体験した。先輩を交えたわたしたち3人はレンタカーを借りて津軽を旅した。念願の斜陽館に泊まり、先輩はまた岩木山の修行に戻り、チカちゃんは弘前の実家に帰り、わたしは十和田経由で仙台に戻った。 
 それからもいろいろな場所を旅しているが、ちまたで夏休みが始まるといつも恐山ツアーを思い出す。あの時、あのメンバーでなければできない、ミステリアスで不思議な旅だった。
 夏休みには毎年、毎年、宝物がつくられる。ずいぶん前に学生は卒業したけれど、夏休みの響きにいまもうれしくなり、「今年は何をしよう」と思う。   
 

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