030回 K家のお正月

大越 章子

 

画・松本 令子

新年を迎えた喜びと神聖な気持ち

K家のお正月

 お正月っていいもんだ

 台所でおせち料理の準備をしながら、母は口ずさむ。小さな子どものころ、潜り込んだ温かな布団のなかで、慶応生まれの曾祖母が歌ってくれたという。曾祖母が他界して50年近くになるが、口伝えの歌を母は「お正月の歌」と呼び、季節になると魔法の呪文のように歌う。

 お正月っていいもんだ
 木っ端のようなもち食べて
 雪のような飯食べて 
 油のような酒飲んで
 お正月っていいもんだ

 旧家だった母の実家のお正月は、庭の井戸から水を汲む「若水汲み」から始まる。家取りの若い男性が汲んだ水で湯を沸かし、お茶を入れて飲む。それから若い順におとそを飲んで、朝食に入る。
 三が日の間、朝食は三段重ねの餅。下が白餅、まん中が小豆の入った赤々餅、上が米の粉でついた粉餅。上には干し柿がのっている。銘々のそれらの餅を炭火で焼いて、きな粉をつけて食べる。
 夕食はいつもの麦ご飯ではなく白米、サトイモや揚げ、ニンジンなど素材を奇数にしたおひら(煮物)、煮魚、漬け物、みそ汁。それが3日間続く。

 4日の朝は田楽。焼いた餅を豆腐の串にさして、ごまを擦って味噌と砂糖を入れた「ごまみそ」をつけて、囲炉裏でもう一度焼いて食べる。5日の朝は鶏肉でだしを取った、野菜たっぷりのお雑煮。そして7日の朝は七草粥。 
 「七草なずな、東都の鳥が渡らぬうちに」と七草の歌を唱えて、前日に採ってきた七草をトントントントンとまな板で刻み、粥の入った土鍋に入れる。

 お正月はまだ終わらない。小正月の15日の前にもう一度、餅をつく。その餅をお年始代わりに持って、お嫁さんは実家に帰る。それに山からわた木を切って来て、紅白の餅を伸ばして枝につけて神棚に飾る。10日ほど経つと餅はカラカラになり、それを油で揚げて子どものおやつにする。
 ほかにも、お正月行事はいろいろあった。2日には商店街に出かけたし、庭の大きな柿の木にナタを入れて「今年はなっぺか、ならないか」と柿の作柄を占い、各家庭の田んぼでお正月送りをした。 
 正月飾りを燃やし、そこで三段重ねの餅を焼き、「おカラス来い!おカラス来い!」とカラスを招いて、白餅、赤々餅、粉餅のどれを最初に持って行くかで、その年の稲の作柄を占った。

 時代は変わり、祖父母も亡くなり、母の実家のお正月はすっかり簡素化された。昔のお正月を覚えている人も少なくなり、小さな子どものころを懐かしむように、時折、母は遠い記憶をたどり、娘たちに語る。
 華やかではないけれど、ゆったり時間が流れ、くらしに息づいた丁寧なお正月。新年を迎えた喜び、神聖な気持ちがそこにはあった。
 新しい年が幕を開けた。

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