045回 天国からの手紙

大越 章子

 

画・松本 令子

ひとすじの風が心を吹き抜ける

天国からの手紙

 小春日和の土曜日、週明けに電気工事が入る自宅の一室を大掃除した。棚の下から見つけたほこりまみれの箱に、古い手紙がたくさん入っていた。妹に宛てた祖母からの手紙もあって、一寸ためらった後で、懐かしい文字に「もう時効ですね」と心でつぶやき、母と2人で手紙を広げた。
 「只今は何よりも結構なお手紙をありがとうございました。幾度も幾度も繰り返し、拝見させていただきました」。手紙はそう始まっていた。どうも高校生だった妹が、祖母の母校でもある学校の文化祭への招待状を送ったようで、「お天気をみて(同居している)伯母さまに連れて行ってもらいましょう」と書いてある。
 そして「これからが貴方様の社会の出発点と思います。どこまでも健康で、社会のために少しでも貢献できる女性に御成長下さいませ。もう少し成長なさいましたら、折をみて私の過去をしたためてあげましょう」と、祖母らしい言葉が連ねてあった。
 3枚に渡る手紙を読み終えた後、母としばらく祖母の思い出話をした。戦争のさなか、30代後半で夫を病気で亡くし、教職に復帰して3人の息子を育て、定年後はお茶を教えた。凛として強く厳しく、それでいて温かなロマンチストでもあった。 
 12月になると、祖母は孫たちにいつものはなしをした。「そろそろサンタに電話をしようと思います。プレゼントは何がいいのかしら」。祖母はサンタクロースの電話番号を知っていて、直接、話ができるらしい。そう言われると、玄関の黒電話が特別 のものに見えたが、枕元に届いたプレゼントは、サンタにちゃんと伝わっているとは思えないこともあった。 
 そのうちに孫たちも大きくなり、「もしかしたら、おばあちゃんがサンタクロースじゃないだろうか」と疑いだした。1つ上の従兄弟が何度かイブの晩に寝たふりを試みた。しかし、決まっていつの間にか熟睡してしまい、サンタの正体は謎のままだった。
 堂堂と、毅然としていた祖母が初めて小さく見えたのは、大学生になったその1つ上の従兄弟が冬山で亡くなった時だった。無言の帰宅をした従兄弟を前に「できるものなら私が代わりたい」と、泣きながら繰り返した。通 夜の晩遅く、何がきっかけだったのか、祖母は珍しく、孫たちに自分の昔ばなしを語った。そして6年後、祖父や従兄弟の待つ天国に旅立った。
 祖母を思い出すと背筋がぴんとして、一筋の風が心を吹き抜ける。孫たちにも祖母は教育者だったのだろう。妹宛だったが久しぶりに祖母の思いにふれ、天国から舞い込んだ手紙にも感じられた。
 自室のロッカーには私自身の手紙箱があり、祖母からの手紙も入っているはずだが、それはそっとしておこう。叱咤激励されそうだから。

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