048回 いせさんの絵本

大越 章子

 

画・松本 令子

旅先の路地の窓から生まれた

いせさんの絵本

 『ルリユールおじさん』(理論社)を手にするまで、わたしのなかで、いせひでこさんは『よだかの星』(講談社)の絵を描いた人だった。宮沢賢治の童話「よだかの星」の絵本の挿絵をさまざまな画家が描いているが、いせさんの絵が一番、イメージに近かった。
  空の場面が多い物語。紺や青の空を描いていくなかで、いせさんは無意識に、ほとんどの絵の下地に赤色を塗り込んだ。赤はよだかのこころの叫びの色。いまにも傷口から血が噴き出しそうな緊張感が絵本全体に漂うのは、そのためかもしれない。
  なかに、いせさんが思うように描けない絵が1枚あった。よだかが弟のカワセミにお別 れに行く夕焼けの場面。ある日、いせさんは東京から東北新幹線に乗り、盛岡まで往復する車窓から、賢治も見た岩手の山並みの夕焼けを眺めてスケッチし、最後の1枚を完成させた。絵本をつくる時、いせさんは取材を欠かさない。
  本づくりの職人と女の子の物語を描いた『ルリユールおじさん』は、いせさんがパリの旅の終わりに出会った、路地のさりげない窓からはじまった。装飾の美しい、大きさの違う本が背表紙を向けて並べられ、奥でおじいさんが本をかがっていた。
  帰国後もその窓が気になり、再びパリに出かけ、おじいさんの工房を訪ねた。おじいさんは、ぼろぼろになった本を修復するルリユールだった。取材を許されたいせさんは近くにアパートを借り、スケッチブックと鉛筆を持って毎日、工房に通 った。
  アパートの窓からは、樹齢四百年のアカシアの木が見えた。ずっと同じ場所で、人々を見守り、そこを通 った人の数だけ物語がある。その物語を通じて、ルリユールのはなしが描けないか。そう思って、いせさんが描いたアカシアのタブローには、駆けてくる女の子の姿があった。
  5年前に読んでから、いせさんの絵本で『ルリユールおじさん』が一番好きになった。でも、その絵本の裏側にパリの旅での出会いとアカシアの木、たくさんの取材スケッチや日記やメモがあることは知らなかった。世田谷文学館で開かれている「いせひでこ展」(3月末まで)に出かけ、『ルリユールおじさん』がますます好きになった。
  行きあたりばったりの、出会ったものに引かれてどんどん動いていくいせさんの旅。そのなかから、物語や絵本が生まれる。世田谷文学館を訪ねた時、ちょうどいせさんもご主人の柳田邦男さんと来ていたが、あまり楽しそうに柳田さんと展示を眺めているので、声をかけるのはやめた。それが少し、心残りでもある。

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