050回 地震いぬ

大越 章子

 

画・松本 令子

いつのまにか震度4まで平気になった

地震いぬ

 庭の月桂樹の下にるんるんの犬小屋がある。1歳の誕生日前に、濡れ縁に上がればわたしたちの姿が見える場所から引っ越した。そのうちに既製の小屋はきつきつになり、父が少し高床で大きめの小屋を作った。
 開き窓がないのはちょっと不満だが、この少し高床というのをるんるんは気に入っている。得意の穴掘りで地下室を作り、暑い日はそこに上手に潜る。ちょうどお腹が冷やされて、気持ちがいいらしい。その姿はまるでカタツムリで、「あら、るんるんはどこに」と探すふりをすると、目だけきょろきょろ動かす。
  2000年生まれなので、今年の誕生日で11歳になる。いつの間にか立派な熟年になり、いろんな言葉もわかるようになった。と言うか、るんるんは自分を人間だと思っている。うす茶色の毛皮を着ているのはあくまで仮の姿で、だから鏡に映りそうになると目を背け、意に沿わない時はちゃんと文句を言い、反論もする。
  かわいいとか、おりこうという言葉は気に入っているが、病院に行くと、ずいぶん前から看護師さんに「るんるん、ダイエットしようね」と言われているから、「でぶ」の言葉に敏感で、体重計にのるのは断然、拒否する。そもそも病院自体が苦手で、前を通 りかかると全速力で駆け抜けようとする。
  ほかにも、苦手なものはいろいろある。しつけに厳しい「パパ」の前では一生懸命、おりこうでいようとするし、子犬の時に勢いよく走って川に落ちたから海も川もお風呂も嫌いだし、自由に庭を横断する野良猫も気に入らない。それから地震。大地が揺れる、あの不思議な現象は何度体験しても怖くて、大騒ぎする。 
  一度、月桂樹の下でふざけ合っていた時、突然、るんるんの表情は変わり、すくっと立ち上がって耳をそばだて、はるか遠くを見る目をした。間もなく地面 が揺れ、るんるんはわたしに体をぴったりくっつけ、吠えながら震えていた。それは見えない何かと闘っているようで、地震が起きる度にるんるんはこうして孤軍奮闘しているんだな、と感じた。
  3月11日、地震が起きると、るんるんはいつものように吠え始めた。5分以上の長い地震にずっと吠え続けた。それから余震の度に吠え、夜の余震では吠え止まなくなった。台風以外は許されていないが、近所迷惑になるので、その晩は玄関で過ごさせた。
  玄関に入れると知ると、小屋からの道すがらちゃんとトイレを済ませ、「これで大丈夫」という顔をした。玄関にいても余震の度に吠えるのは変わらず、るんるんもわたしたちも寝不足になった。でも地震が怖くて吠えるのだから、咎めるのも無理なはなしで、背中をさすりながら「しーっ」と人差し指を口の前に立てて、言い聞かせた。
  翌日から、るんるんは玄関で過ごすことが多くなった。原発の水素爆発後、一度外に出て玄関に入る時は、足の裏はもちろん、全身をくまなく古タオルで拭かれた。大好きなピンクや黄色の毛布は放射性物質がついているだろうから、バスタオルで我慢してもらった。何が起きたのか、るんるんは知る由もないが、でもいつもと違うことだけはわかっているようだった。余震は多いし、玄関にもいられるし、前に住む大叔母家族も我が家にいるし。
  あれから3カ月以上が過ぎ、るんるんは震度4ぐらいまでの地震では吠えなくなった。原発事故が続き、るんるんも一時、避難生活を送り、精神的にかなりまいった時期もあったが、いまは食欲もりもりのおてんばで、楽天的ないつものるんるんに戻っている。
  るんるんの大変だった避難生活の話は、またの機会にする。このところ、るんるんは月桂樹の下からよく見える、アジサイの花を眺めながら芋虫ポーズで大好きな童謡「あめふりくまのこ」をハミングしている。

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