051回 すてきなあなたに

大越 章子

 

画・松本 令子

日常のささやかなひとこまを綴る

すてきなあなたに

 紅茶を入れる時、ティーポットの茶葉は人数分に1杯プラスする。ティースプーンに山もりの茶葉を、2人で飲むなら「ポットに1つ、あなたに1つ、わたしに1つ」。声には出さないけれど、こころのなかでそう呪文を唱えながら、ポットに敬意を払って、入れている。
  そんなふうに紅茶を入れるようになったのは、高校生になってからで、「センスのいい本よ」と友達が教えてくれた『すてきなあなたに』(暮らしの手帖社)の最初に載っている「ポットに1つ あなたに1つ」を読んでだった。
  白いハードカバーの清楚なその本は「暮らしの手帖」の「すてきなあなたに」の頁に掲載された、初めの6年分のなかから選んで、まとめられている。編著者は頁の考案者で担当者、暮らしの手帖社の社長だった大橋鎭子さん。日常のささやかなことを綴った短文は1つ1つがほんとうにすてきで、「鎭子さんって、どんな人なのだろう」と友達と話し、思い描いていた。
  それから時は過ぎ、『すてきなあなたに』は本棚に5巻まで並んでいる。頻繁に開くのはやっぱり初巻で、あいた時間にふと短文をあちこち、いくつか読みたくなる。どんなに時間が経っても古くならず、アフタヌーンティーのような楽しみがある。
  昨年の初夏、90歳の鎭子さんは初めての自伝『「暮らしの手帖」とわたし』を出した。三姉妹の長女の鎭子さんは10歳で父を亡くし、苦労して育ててくれた母と妹たちをしあわせにしたいと、戦後、事業の立ち上げを思い立ち、女の人のための出版を考えた。手伝ってくれたのが花森安治さんで、「暮らしが少しでも楽しく、豊かな気分になる雑誌」と、2人で方針を決め、昭和23年に「暮らしの手帖」を創刊した。
  鎭子さんはある日、フランスで長く生活した女性から3時のお茶に招かれた。白いテーブルクロス、白い食器、白ナプキンとほとんど白一色のテーブルコーディネートに、白の美しさをはっきり認識させられた。それを機に、こころに深くしみこんでいるいろいろなことを思い出して、メモに書き留めることを始めた。
  そのメモを中心に、増田れい子さんなど女性たちの力も借りて、「すてきなあなたに」の頁はできた。「ポットに1つ あなたに1つ」を教えてくれたのは、鎭子さんの古い友人で、入れてくれた紅茶がとてもおいしくて「どうやって入れるの」と聞き、のちにそれを原稿にした。
  「あなたがすてきだから、すてきなあなただから、でなければつい見落としてしまいそうな、ささやかな、それでいて心にしみてくる、いくつかのことがわかっていただける、そんな頁です」。『すてきなあなたに』を本にした時、花森さんはそう宣伝の文章を書いた。それは鎭子さんの思いをぴったり表していた。
  絵本作家のターシャ・テューダーは生前、どんなに忙しくても4時半の午後のお茶を欠かしたことがなかった。ポーチのロッキングチェアに座って、カモミールティーを飲みながらツグミの声にひとり耳を傾けたり、ゆったりした気持ちで会話を楽しんだりした。好きな紅茶はアイリッシュブレックファストだった。
  「ポットに1つ、あなたに1つ、わたしに1つ」と紅茶を入れて、わたしのお茶時間を楽しむ。急がず、ゆっくりと。

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