058回 銀河鉄道の旅

大越 章子

 

画・松本 令子

賢治が描く世界のにおいや風を感じる

銀河鉄道の旅

 気がついてみると、さっきから、ごとごとごとごと、ジョバンニの乗ってゐる小さな列車が走りつづけてゐたのでした。ほんたうにジョバンニは、夜の軽便鉄道の、小さな黄いろの電灯のならんだ室内に、外を見ながら坐ってゐたのでした。
  立春の午後、アリオスの小劇場で朗読コンサート「宮沢賢治からの春風」が開かれた。いわき市桜ケ丘の安斉重夫さんとタツ子さん夫妻が、賢治の世界に浸りながら心地よいひとときを、と企画した。
  小劇場のステージにスポットライトが2つ。元NHKアナウンサーの青木裕子さんが「どんぐりと山猫」と「銀河鉄道の夜」を朗読し、チェンバロ奏者の小澤章代さんは小型のチェンバロのスピネットとシンセサイザーを演奏して、賢治作品の世界を音でコラボレーションした。
  重夫さんは鉄の彫刻家。ここ数年、賢治の作品を彫刻にしている。昨年3月には神奈川県相模原市の画廊で個展を開き、その際、タツ子さんが青木さんに個展を知らせるはがきを送った。面 識はなかったが、賢治作品を朗読している青木さんに、重夫さんの作品を見てもらえたら、と思ったからだった。
  青木さんはNHKのアナウンサー時代に朗読のおもしろさに目覚め、魅力にとりつかれたという。朗読する作品のジャンルは幅広く、そのなかで賢治の作品は日本語の美しさ、巧みさが際立ち、内容もさることながら音としての日本語を楽しめ、ライフワークと考えている。
  タツ子さんの思いが通じたのか、個展の最終日の2日前に、青木さんは腰痛を押して画廊に出かけ、重夫さんの彫刻の世界にふれた。翌日、東日本大震災が起き、その翌日の最終日には福島第一原発の1号機が水素爆発した。
  震災の混乱と原発事故から、安斉さん夫妻は相模原市に行けないままで、作品は画廊の倉庫に置いてもらっていた。青木さんは夫妻と作品が気になり、電話をして作品を自身の軽井沢朗読館に運んで展示することを、夫妻に提案した。
  軽井沢朗読館は一昨年、軽井沢長倉千ヶ滝に開館した青木さんの私的施設。吹き抜けのホールはマイクを使わなくても声が通 るように設計されていて、朗読会や朗読コンサートなどを開いている。青木さんはそこに自分で車を運転して作品を運んだ。
  いくらか状況が落ち着いてから、安斉さん夫妻は軽井沢に出かけて青木さんと初めて会い、作品とも再会した。それから夫妻は何度も軽井沢に出かけ、青木さんの朗読と小澤さんの演奏を聴いた。それはこころ休まるいい時間で、いわきで朗読コンサートを開いて、賢治の世界に浸るなごやかな時間をつくりたい、と思った。
  アリオスのマーケティングチーフの長野隆人さんに相談にのってもらい、友人・知人にも手伝ってもらいながら、立春に思いを実現させた。
 当日の黄緑色のチケットは、賢治の銀河鉄道を旅する切符。青木さんは全部読むと2時間半かかる「銀河鉄道の夜」を1時間20分に短縮して朗読した。妹トシの死から3年経って書き始め、死の直前まで書き直し、未完のまま83枚の原稿として残した作品。賢治の内的宇宙が無限に広がっている。
  教室で「銀河は大体何か」と問う先生。星祭り、活版所の仕事、天気輪の丘、そして天の川を見上げたジョバンニはいきなり目の前がぱっと閃き、「銀河ステーション」の声を聞いたとたん、夜汽車の座席に座っていた。向かいにはカンパネラが座っている。2人の幻想第四次の銀河鉄道の旅が始まった。
  青木さんの朗読はジョバンニやカンパネルラを目の前に立ち上がらせ、列車のにおい、座席の感触、車窓からの風景、天の川に吹く風をも感じさせ、小澤さんの奏でるスピネットとシンセサイザーがより臨場感を醸し出した。
  その時間、わたしたちは一緒に銀河鉄道で旅していた。

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