060回 エリザベス・るんるん

大越 章子

 

画・松本 令子

名前にふさわしい品のある犬になれたら

エリザベス・るんるん

 「エリザベス・るんるん」。このところ、るんるんはそう呼ばれている。ちょっと長いので、略してエリザベス。初めは呼んでもまったく知らんふりで、きょとんとしていたが、そのうちに「なに? わたしにご用?」という素振りをするようになった。いまは、わたし=るんるん=エリザベスを理解したらしく、すくっと立ってしっぽをふる。
 名前の由来はエリザベスカラー。昨年秋に手術した、左前足の傷口をぺろぺろなめて広げてしまうため、やむを得ず2月から円錐形の半透明なエリザベスカラーをしている。想像していたより小さいものの、体重が20kgある中型犬だからそれなりの大きさで、エリザベスという格調ある名に反して、姿はお茶目さを増している。

 るんるんの左前足の丸い膨らみに気づいたのは一昨年の秋だった。かかりつけの動物病院の先生に診てもらい、しばらく様子を見ることにした。そのうちに膨らみは少しずつ大きくなり、昨年3月11日に再び病院に行き、4日後に手術をすることになった。しかしその2時間後、東日本大震災が起き、原発事故も起きて、手術は延期を余儀なくされた。
 それから避難生活があり、余震は続き、いつの間にか秋になっていた。足の膨らみは、すぐに手術しないといけないぐらいになっていた。当然、手術の傷は大きく痛々しかったが、きれいに縫合され、あとは抜糸して治るのを待つだけと思っていた。
  ところが、るんるんは傷口を気にし、退院して間もなくなめ始めた。ほどなく傷口は広がり、頻繁に病院に通 った。先生がテープを何重にも巻いて、いやな味のするクリームを塗っても、るんるんはなんのその。半日ほどでテープを噛みきり、また傷をなめた。
  とうとう先生は「かわいそうだから」と、避けていたエリザベスカラーをつけた。
  エリザベス・るんるんは何をするにもあちこちにぶつかり、不自由そう。でも、めげる様子はまったくない。相変わらず食欲があるし、小屋のなかでも上手に毛布を使って気持ちよさそうに寝ている。
  うっすら血がにじんでいた傷はかさぶたができ、それが自然とはがれた。あとはピンク色の皮膚に毛がはえてくれば元通 り。「もう少し、頑張ろう」。るんるんはみんなに励まされていた。
  桜が満開になったある日の夕方、るんるんはママと散歩に出かけた。踏切を渡って田んぼ道を行き、神社の階段を上るのがママのコース。その日も踏切を渡り、田んぼ道にさしかかった。そこで突然、るんるんのカラーがはずれた。
 ママも、るんるんも何が起きたのかわからなかったが、次の瞬間、るんるんはにゃっとうれしそうな顔をし、ママがカラーをつけようとするのを拒んだ。それから久しぶりに自分のしっぽと対面 できたことに喜び、しっぽを追ってくるくる回った。
  「はずれた、ばんざい!」。ママにはるんるんのそんな声が聞こえたという。つけてから2カ月が経ち、カラーもずいぶんぼろぼろになっていた。きっと先生ももういい、と判断するだろう。家族のだれもが思い、カラーははずしたままにした。
  2日後、るんるんは病院に行った。ほんのり赤くなっている傷を見た先生は、予想に反して新しいカラーをつけ、外れないように頑丈にテープでとめた。喜びもつかの間、るんるんはまた、エリザベス・るんるんになった。
  帰り道、さすがにるんるんは落ち込んでいたが、それも一時のこと。何もなかったように、エリザベス生活を続けている。
  夏までにはカラーがはずれるといい。そして、エリザベスの名にふさわしい、品のある犬になれるといいな。毎夜、るんるんは星に願っている。

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