066回 被災地のために

大越 章子

 

画・松本 令子

いい時間をつくり小さな種をまく

被災地のために

 このあいだ、アリオスの小ホールでバイオリンとチェロ、ピアノの三重奏を聴いた。200席のホールの前から3番目の席で、前に小学3年生ぐらいの女の子が座っていた。隣のお母さんに連れて来られたのだろう。開演前、何となく手持ちぶさたで、つまらなそうにしていた。
  バイオリンは前ウィーン・フィルのコンサートマスターのダニエル・ゲーテさん。チェロとピアノはそれぞれチャイコフスキー国際コンクールで優勝、特別 賞を受賞したグスタフ・リヴィニウスさんとウォルター・デラハントさん。初めにアレンスキーの「ピアノ三重奏曲」、休憩をはさんでアラカルト的に聞きなれた曲をソロ、デュオ、トリオで演奏した。

  休憩時間、女の子は晴れやかな顔をして、熱心にプログラムを眺めていた。ステージに近い席は、演奏者のちょっとした表情や息づかいも感じられる。もしかしたら、ピアノ三重奏曲の三楽章のアダージョが気に入ったのかもしれない。それとも3人の音楽と向き合う姿勢が伝わってきたのかもしれない。
  音楽は美しく、楽しく、変幻自在で、さびしく、悲しく、どこまでも広がる。後半、女の子の顔はみるみる変わり、微笑み、目を輝かせ、アンコールのころには宝物をもらったみたいな満面 の笑みになり、懸命に拍手をしていた。女の子だけではない。演奏者も含めてみんな、しあわせそうで、少し高揚していた。
  被災地応援のコンサートだった。しかし、それをまったく感じさせず、一緒にいい時間を楽しんだ。きっと女の子にとって忘れられないコンサートになる。たまにこころの宝石箱のなかで、きらり輝くかもしれない。

  震災後、取材を受けることが多くなり、必ず「被災地のために何かしたいと思っている人たちに、どんなことをしてほしいですか」と尋ねられる。
  その時にはまず、何かしたいと思っている人がしたいことをすればいいと思う、と答える。それから子どものことを考え、いまも避難を迷っている人たちがいるので、もし住まいを見つけて近くに避難したら、温かく受け入れてほしい、とも言う。
  そして原発事故の収束が宣言されたけれど、福島県の人はだれもまだ、事故が収束したとは思っていないし、収束にはかなりの年月がかかるだろう。そのうち原発事故のことは話題にのぼらなくなり、忘れられてしまうかもしれない。
  だから時々は、事故や現地の状況を気にしてほしい。できるなら、この事故がなぜ起きたのかを、1人1人が考えてほしい。地震が起きて、津波がきて…という出来事ではなく、もっと根本的な社会のしくみで、それを考え、周りの人々と語り合うことで、いまの日本の姿を知ることになると思う、と話す。

  何かをしたいと思ったら、したいこと、得意なことをすればいい。互いにいいひとときが持て、こころに小さな種をまける。女の子を見ながらそう思った。

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