074回 ドビュッシーの月の光

大越 章子

 

画・松本 令子

それでも、希望を持って生きていこう

ドビュッシーの月の光

 このあいだ、アリオスで辻井伸行さんのピアノを聴いた。被災地を巡る日本ツアーの追加公演の最終日で、前半はドビュッシー、後半がショパンだった。
  2つのアラベスク、前奏曲、メヌエット。音楽家にならなかったら、船乗りになっていたと言うほど海にあこがれ、部屋には北斎の富嶽三十六景「神奈川沖浪裏」を飾っていたというドビュッシーの曲は色彩 豊かで、きらめきがあり、時折、風が吹く。
  演奏が「月の光」に移ると、スポットライトを浴びて弾く辻井さんが、4階席からは月の光に照らされているように見え、空から見下ろしている錯覚を起こした。つい5カ月前の約束の通 り、従姉妹と一緒に聴いている感じだった。

  このところN響の演奏会は、母と叔母と従姉妹と4人で聴くのが恒例になっていた。今年一月のエレーヌ・グリモーがブラームスのピアノコンチェルトを弾いた演奏会も、4人並んで聴いた。
  その席で辻井さんの演奏会が話題になり、「次は辻井君のコンサートを一緒に聴こう」と従姉妹が言い、「それなら2月のチケット発売初日に予約をしないとね」と話して、別 れた。ところが1カ月後、隣の大叔母が亡くなった同じ日に、従姉妹は急逝した。まだ30代半ばだった。  告別式の日がコンサートのチケット発売初日で、予約をするという編集室の仲間にわたしたち3人分も一緒に頼み、発売開始とともに電話とネットであちこちにあたってくれた。時期をみて叔母を誘い、当日を迎えた。
  コンサートが始まって間もなく、叔母はバッグからハンカチを取り出した。時期尚早だったのでは、酷だったのではないかなどと、いろんな気持ちがまぜこぜになりながら、ドビュッシーを聴いた。そして「月の光」。それまで朧にかすんでいた宵がぱっと晴れ、空中遊泳しながら、辻井さんがステージで弾くピアノを聴いている気分になった。

  辻井さんの演奏は1曲1曲に全力投球だった。やさしく純粋で、謙虚で、温かく、強く、懸命で、そこにいた人々の気持ちをはちみつのようにとかした。客席に向かって深々と何度も頭を下げ、鳴り止まない拍手に五度もアンコールに応えた。 
  アンコールの5曲目は「それでも、生きてゆく」。ドラマのテーマ曲で、辻井さん自身が震災直後に被災地の人々を思って作曲した。EXILEのATSUSHIさんが詩を書き、歌っている。希望を持って生きてほしいという願いが込められているという。ホールにいた多くの人が涙した。
  チケットは完売し、ほぼ満席のコンサートだったが、叔母の左隣は最後まで空席のままだった。目には見えないけれど、従姉妹がそこに座っていて、いつものN響の演奏会のように、4人で聴いているみたいだった。 
  この日、叔母はひそかに従姉妹の靴を履いてきていた。帰り道、「ありがとう。来てよかった」と、笑顔をみせた。あの日からドビュッシーの「月の光」は従姉妹を想う曲になった。

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