090回 いちょう並木

大越 章子

 

画・松本 令子

晩秋の記憶の風景がよみがえる

いちょう並木

 一昨年の晩秋、母に誘われて明治神宮外苑のいちょう並木を歩いた。渋谷の文化村で英国水彩 画展を見て、ひと休みがてらランチを食べ、昼下がり、黄色の葉の絨毯が敷き詰められた並木道を散歩した。
 大正12年につくられた並木。真正面に聖徳記念絵画館がある300mほどの道路の両脇に、いちょうの木は2列ずつ9m間隔で、合わせて146本植えられている。植栽する際にきちんと遠近法が考えられ、4年に1度は葉のない季節に三角錐に剪定して、形を整えているという。
 お天気のいい暖かな日で、並木をぐるっと往復した。たくさんの人がいちょう散歩を楽しみ、葉を拾い、木々を見上げ、写 真を撮り、幹にふれ、近づく冬の足音を感じ、見事な黄色の風景に感嘆の声をあげた。観光旅行のコースにも組み入れられているようで、青山通 りには何台も観光バスが止まり、入口でガイドさんが説明をしていた。
 歩きながら、幼稚園時代の遊び場だった小金井公園のいちょう並木を思い出した。そのころ玉 川上水をはさんだ公園の向かいに住んでいて、少し先の橋を渡ってよく遊びに行っていた。春の桜や緑の季節も美しかったが、いちょう並木の黄色は鮮烈に覚えている。
 葉をたくさん拾って空中に放り投げ、両方の手に葉の束を握りしめてチアガールをまね、背中におんぶしたぬ いぐるみのゾウさんに「栄養がいっぱいよ」と葉を食べさせ、絨毯の上を思い切り走り回った。
 それからもうひとつ、浮かんできたのは校庭の隅にあった母校のいちょう並木。体育の授業で校庭を走ると銀杏のにおいが鼻につきまとい、掃除当番で葉を掃き集めるのも大変だった。13番目の木がぽっかり根こそぎ消えていて、校内の七不思議の1つとして憶測話が先輩から後輩に代々伝えられてもいた。
 けれど共学化に伴い、狭い校庭を少しでも広く使うためにばっさり切られ、いまはない。母校の思い出にだれかから必ず挙がる風景だっただけに残念でならない。神宮外苑の並木道をそぞろ歩く多くの人たちも、いちょうの木を眺めながら、不意に記憶の泉の並木も思い返しているに違いない。

 帰り道、ポスターに誘われ、宮城まり子さんのねむの木学園の生徒たちの絵画展をギャラリーで眺め、それからジャン・シメオン・シャルダンの山盛りの木いちご籠の絵に会いたくて、丸の内の三菱一号館に行き、帰りの列車に飛び乗った。
 だからこの季節、神宮外苑のいちょう並木と、英国水彩画展で見たターナーのルツェルン湖の月明かりと、ねむの木学園の生徒のゆきだるまの赤ちゃん、シャルダンのおいしそうな山盛りの木いちご、それに同じころに訪ねた喜多方の長床の大いちょうの風景がつながって思い出される。
 そろそろ冬じたくを始めよう。冬はもうそこまで来ている。

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