099回 風の通る家

大越 章子

 

画・松本 令子

プロヴァンズ風の無垢なやさしい家

風の通る家

 屋根も壁もオレンジ色のプロヴァンス風の2階屋。木肌のドアと、青色のドアがついている。青色のドアは「いらっしゃい」とイギリス式に内側に開き、目の前に枕木の階段が現れる。上りながら両側の壁に貼ってある美術展や芝居など、催しのポスターとチラシを眺め、踊り場の「階段ふるほん」の本棚の前でしばし立ち止まって、すりガラスの大きなドアを開ける。
 そこは25畳ほどの日々の新聞社の編集室。組み天井だから、天井が高く広々している。はしごがあればロフトになる空間、それにベランダもある。でもベランダに出るには、難問のドアが立ちはだかる。窓やドアを外国から取り寄せて造ってあるので勝手がいくらか違う。
 あかりは天井から下がった4つの電球と流しの壁の電球だけ。窓がたくさんあるから晴れた日は必要ないし、それぞれの机にスタンドがあるので、天気の悪い日や締め切り前の夜も不自由は感じない。むしろ、やわらかな光は心地いい。
 ここで仕事を始めて丸13年が過ぎ、8月から14年目に入った。日々の新聞を創刊したのは2003年の春だけれど、7カ月の準備期間があって、この部屋を借り始めた日がはじまりの一歩だった。

 地元紙で記者をしていたころ、平競輪場での取材の帰り道、ふと目に留まったのがこの家だった。とっても素敵でかわいらしく、どんな人が住んでいるのかを想像し、いつか取材をしたいと思った。それからも近くを通 るたび気になって、存在を確認していた。
 そのうちに地元の新聞社を辞め、あちこち不動産屋を回って編集室に合う部屋を探し、思うような物件が見つからないなか、この家とめぐり合った。1階は大家さんの住まいだったが、2階は人に貸せる造りになっていた。
 まずエアコンを取りつけ、机やテーブル、本棚、冷蔵庫を置いて、必要に応じて模様替えをしながら、新聞を定期的に発行し、本や冊子などを作ってきた。目の前に競輪場があるものの、窓を閉めていると鐘の音も聞こえず、人や車の行き来が多い日でもほとんど気にならない。青いドアを隔てて、異空間が広がっている。
 天気のいい日、たくさんあるフランス窓を開けていると、すっと風が通 りぬける。時間はゆっくり、しっかり流れ、目に見えるものも見えないものも戯れる。漂う空気はやさしく、無垢な感じがする。それはすべてこの家のなせるわざで、訪れる多くの人が空に浮かぶ雲を眺めなどして、のんびり過ごしていく。

 8年ほど前に大家さんが引っ越し、いま、1階は詩人の草野天平さんと梅乃さん夫妻の記念のルームになっている。天平さんや兄の心平さん関係の本はもちろん、高校の国語の先生だった梅乃さんの蔵書も並んでいて、一般 公開している水曜日には自由にそれらの本を読むことができる。
 住まいだった空間はキッチンや洗面所はもちろん、リビングの天窓や梁、プライベートルームの棚やクローゼットなど、細かな工夫があちこちにされていて、1つ1つそれらを眺めるだけでも楽しい。
 この家を建てる時、大家さんは「長い時間を経て汚れが味になる家」にしたかったという。ここで過ごして思うのは、古くならない家だということ。もちろん床も階段も年々、汚れてはいるけれど古さは感じず、つくられる時間、空気感も変わらない。そして、ますますこの家が好きになっている。

  ※ 8月末発行の新聞で、日々の新聞は300号になります。それを記念して、8月31日から3日間、午前10時から午後4時半まで、オープンハウスをします。さまざまな趣向を考えていますので、どうぞお気軽にいらしてください。青いドアを開けて待っています。

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