010回 行く夏

大越 章子

 

画・松本 令子

あの日、海岸で見つけた水色の風景

行く夏

 帰省していた友人たちが一足先に東京へ戻る日、見送りに行った平駅(現いわき駅)で、入場券でなく勿来駅までの乗車券を買った。上野まで4時間半の各駅に停まる電車。「もう降りないと発車する」。そう心配する友人たちに、発車のベルが鳴るころ、乗車券を買ったことを白状した。
 勿来駅に降りたのはたぶん小学校の遠足以来。一緒にあと数日いわきに留まる友人と2人、海岸まで歩いた。もう海水浴シーズンは終わっていて、ちょっと前まで賑やかだったはずの海岸はとても静かで、海の家を壊す作業の音だけが響いていた。ひとしきり砂浜を歩いて足跡をたくさんつけた。振り返るとそれは“行く夏”の足跡のようだった。
 それから、近くの海の見える茶店でアイスティーを飲みながら“この夏”のはなしをした。この夏、前半は顕微鏡とにらめっこしながら細胞の写 真を撮り、冷房のきいていない暗室で現像にあけくれた。そのあと、大学の仲間たちと青森県の野辺地駅で待ち合わせをして、恐山経由で下北、津軽を旅した。シャーマニズムを研究している先輩の好みもあって、青森の人々の心の奥にふれる不思議な旅だった。
 そして広瀬通りに座って青葉山に打ち上げられた花火を眺め、七夕飾りのなかを歩いた。いわきでの盆踊りでは金魚すくいの夜店を出していた中学の同級生にばったり会った。これから戻って前期試験があって、その山を越えると秋になる。「この秋は何をする?」。はなしは夏から秋へと移った。
 剣浜のベンチに座ってしばらく海を眺めていたら、学生時代に“行く夏”を見つけた勿来海岸が蘇ってきた。水色の光景。ベンチから立ち上がって釣り桟橋を沖の方へ歩いていくと、蝉が行く夏を惜しむかのように大合唱していて、思わずリズムをとった。

 清少納言は「夏は夜」と言うけれど、夏はその始まりと旅支度を始めたころが好きだ。さわやかな暑さとすっきり気分、これから始まるワクワク感。夏休みが終わってしまうのは残念で、時計を戻したい気分になるが、行く夏に寂しさはない。

 

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