102回 トムズボックス

大越 章子

 

画・松本 令子

店主の好みが漂う小さなスペース

トムズボックス

 東京・吉祥寺にある絵本の店「トムズボックス」が12月に閉店するという。編集者でもある土井章史さんが1993年に始めた小さなこだわりの店で、オリジナルの本の出版や展覧会、絵本作家養成のワークショップなどもしてきた。
 吉祥駅から歩いて10分ほど。PARCOから東急百貨店を目指し、大正通 りをNTTのある通りに入って、NTTを通り越した辺りの右側にある。初めのての人も、そこまではスムーズに行けるのだが、目の前にしてなかなか辿り着けない。
 しばらくうろうろして、それでも見つからず、これまでは紅茶店「カレルチャペック」(8月末に移転)で聞くことになる。なぜならその紅茶店のなかを通 り抜けた奥に、トムズボックスは潜んでいるから。恐る恐る狭い入口から足を一歩踏み入れると、書棚にぎっしり並んだ絵本に圧倒される。

 かなり広い、品揃えのいい店は別として、絵本専門店の多くは、ほんの小さな限られたスペースに店主の好みが色濃く反映されている。書棚を眺めていると主の思いが伝わってきて、無言の会話が楽しめ、同時に、そのまちや暮らす人々のありようも垣間見える。
 絵本好きということもあるが、どこかに出かけた時には絵本屋を探して訪ね、しばらく空間に身を置いて、時間があれば店主と話をする。いいまちには必ず、小さな絵本専門店があり、そこには主の思いがそこはかと漂い、思わぬ 宝物を見つけることもある。
 そのなかでもトムズボックスは特別な存在。「絵本のことならなんでもやりたい」という言葉通 り、長新太さんや井上洋介さん、スズキコージさん、荒井良二さんなど月替わりで好みの作家の原画を壁に展示し、本やピンバッチなども作り、パワフルに突き進んできた。
 でも、店主の言葉を借りれば「この22年間は常にアップアップ、右往左往してきた」という。試行錯誤が背中を押し、力強く大股で歩んできたのだろう。

 およそ4坪の四角い店。入って右側から正面にかけては絵本が平積みされていて、壁はギャラリー空間になっている。ほかの2面 の壁には背の高い本棚に絵本が並び、空間のまんなかにピンバッチや絵はがき、オリジナル本などがぎゅうぎゅう詰めに置かれ、独特のナンセンスな不思議の国が広がっている。
 店主の土井さんは、将来的には絵本の古本屋をすることも考えているという。きっとトムズボックスはなくなるのではなく、変身するのだろう。いつ、どこにどんな形で現れるのか、待っていたい。

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