109回 山登りのすすめ

大越 章子

 

画・松本 令子

湿原とお花畑、岩場もあって楽しめる月山

山登りのすすめ

 このあいだ、藤沢周平が業界紙(食品加工新聞)の記者をしながら小説家を目指し、直木賞を受賞するまでの家族との日々を描いたTBSの特別 ドラマを見た。原作は1人娘の遠藤展子さんが幼いころの思い出を綴った2冊の著書で、母に先立たれて子育てに奮闘する父の姿や、5歳の時にできた新しい母とのことなどが温かく書かれている。 
 藤沢周平のふるさとは山形県鶴岡市。その時代小説にしばしば登場する架空の海坂藩は、鶴岡(庄内藩)がモデルといわれ、ゆかりの地には案内板が設置されている。それらを巡りながら城下町の名残を探し歩くと、さまざまな発見がある。これまで鶴岡には何度か出かけていて、2度目に訪ねた時は羽黒山の宿坊に泊まって月山にも登った。

 月山は出羽三山の主峰で、標高1984mの日本百名山のひとつ。春から秋にかけて350種類ほどの高山植物が咲き、ほとんど花の絶えることはない。登山口は大きく七つあり、その日は車で八合目まで行って、弥陀ヶ原から山頂を目指した。 
 弥陀ヶ原は湿原で、「いろは四十八沼」といわれるように大小たくさんの池塘(ちとう)があり、その周りに整備された木道を歩く。標高1400m、この湿原だけで百数十種類の高山植物があり、夏にはニッコウキスゲやコバイケイソウ、ワタスゲなど、たくさんの花が見られる。
 木道をぐるり一周(約2km)トレッキングすることもできるが、湿原をぬ けて登山道に入り、両側に笹が茂っている無量坂を登る。前方に仏生池小屋が見えてきた辺りでうしろを振り返ると、弥陀ヶ原の湿原がよく見える。小屋まで辿り着けば、もう少しで九合目。およそ半分登ったことになる。
 ミヤマリンドウ、ハクサンイチゲなどのお花畑を通り過ぎると、このルートでは一番険しい行者返しの岩場の坂道になる。昔、山岳修験の開祖と役小角が足を滑らせた場所といわれ、「修行が未熟」と押し戻されたらしい。
 そこを登ればもう少し。モックラ坂の木道を上がっていると、前方に頂上、後ろに鳥海山が見える。そして頂上。庄内平野、鳥海山、飯豊連峰など大パノラマが広がり、思わず深呼吸したくなる。もちろん山頂では、月山特有のクロユリを探した。

   脚本家で作家の田中澄江もバスで八合目まで来て、弥陀ヶ原から月山に登ったみたいで、著書『花の百名山』に記されている。湿原の木道を歩きながら、たくさんの高山植物に出迎えられ「月山という山が、こんなに花のある山とは知らなかった」と書いている。
 月山で最も印象に残った植物は、ハクサンチドリの葉に暗紫色の斑点があるウズラバハクサンチドリで「斑点があるのは初めて見た」と特筆している。あいにく天気が急変して雨が降り出し、頂上のクロユリの群生もそこそこに眺め、湯殿山口へ下山したようだ。
 この弥陀ヶ原から月山頂上を経て湯殿山口に下りるルートは、山伏修行の人々の経路でもある。湯殿山口への7kmは急な坂道が続き、雪渓を何度か横切らなければならず、悪天候も重なって「登って来た道が天上の楽園とすれば、(下山ルートは)この世の地獄ともなってきた」と、その時の状況を綴っている。
 弥陀ヶ原から月山頂上までは約5km、片道2時間半から3時間で登れる。行者返しさえ少し頑張れば、頂上までお花畑が続き、楽しさいっぱいの初心者向きの山だ。山登りを始めたい人にはまず、夏の月山を勧めている。

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