112回 ピーターラビット展

大越 章子

 

画・松本 令子

緻密で美しく、体やこころの動きまで伝わる

ピーターラビット展

 10月の初めに東京・渋谷のBunkamuraのザ・ミュージアムで「ピーターラビット展」を見た。作者のビアトリクス・ポターの生誕150年を記念した展覧会で、のんびり構えているうちに閉幕が近くなり、慌てて出かけた。
 6年前に郡山市立美術館で開かれた「ビアトリクス・ポター展」は、ポターを知らせる展覧会だったが、ピーターラビット展はおはなしの世界にどっぷり浸れる展覧会で、ほとんどがピーターラビットシリーズの原画、それも日本初公開のものがずらり並んだ。

  あるところに、4匹の小さなうさぎがいました。なまえはフロプシーに モプシーに カトンテールに ピーターといいます。  

 シリーズ(日本では24作品)の1作目『ピーターラビットのおはなし』はそう始まる。家庭教師の息子のノエル君に書いた絵手紙をもとに生まれたおはなし。1901年に白黒の私家版を出版して、翌年、フレデリック・ウォーン社からオールカラーの手のひらサイズの絵本が出版された。それから1913年に弁護士のウィリアム・ヒーリスと結婚するまで、ポターは毎年、数冊の絵本を作り続けた。

  ビクトリア時代の裕福な中産階級の家に生まれたポター。口うるさい母からプライバシーを守るため、15歳から31歳まで独自の暗号で日記を書いていた。展覧会の最初には、18歳の日記が展示されていた。
 アルファベットを入れ替えるなどして綴った日記は難解で、ポターの死後、15年経ってようやく解読された。「とにかく目についた美しいものを写 さずにはいられない。わたしは描かずにはいられない」などと、18歳のポターは思いを記している。
 幼いころから小動物を飼って一緒に遊び、観察してスケッチし、時には死んだ動物を煮て骨格を取り出し、標本を作った。また顕微鏡で昆虫の足の関節や、蝶の羽根の鱗粉まで眺めて描いた。だからポターの描く動物、それだけでなく自然界のあらゆるものはリアルで、よく特徴がとらえられている。
 おはなしもそうで、子どもに媚びることはなく、自然や人間と動物が共存するための厳しい現実を、生々しくリアルに客観的に書いた。それでいてユーモアも散りばめられていて、ポター自身が楽しんで想像を膨らませたのがわかる。

 私家版『ピーターラビットのおはなし』の原画のあとには、絵本でよく知っているベンジャミンバニーやティギーおばさん、モペットちゃん、ジマイマ、こねこのトム、ナトキン、フィッシャーどんなどの原画が並んだ。どれもこれも緻密に、ポターのまなざしで描かれていて、体や心の動きが伝わってくる。
 とにかく美しい。100年以上前に描かれたものなのに、まったく古びていない。ポターお手製のポートフォリオに保管したのがよかったという。ただ結婚前辺りから頭痛や心臓疾患に悩まされ「細かい絵を描く根気が続かない」と訴えるようになり、原画からも不調が垣間見られる。結婚を機に出版の世界から徐々に身を引き、農場経営に打ち込んだ。
 1943年、ポターは77歳でこの世を去った。生前、印税や農場で得た収入で湖水地方の土地を次々買い、そのままの風景を残そうとした。ポターの死から1年半後、夫のウィリアムも亡くなり、持っていた多くの土地はナショナル・トラストに寄付され、いまもポターが暮らしていた時と同じ姿を見ることができる。 
 湖水地方の風景は、ピーターラビットシリーズの挿絵にしばしば登場している。ピーターたちのおはなしがその風景や土地の文化を守っている。

  ※ ポターの生誕150年を記念した「ピーターラビット展」は12月20日から来年2月1日まで、仙台市のTFUギャラリーMini Moriでも開かれる。

そのほかの過去の記事はこちらで見られます。