118回 雑草のくらし(2017.5.15)

大越 章子

 

 



細かなことでガタガタ思わず安住せよ

雑草のくらし

 ゴールデンウィークが終わって、朝の犬の散歩の時間を1時間早めた。飼い犬のるんるんは今年、17歳になるので、体の負担が少ない涼しい時間に、と思ったからだった。1時間の差で気温はずいぶん違い、るんるんはロングコースを1周しても「もっと歩きたい」と、わが家を素通りしようとする。
 ロングコースは30分ほどの散歩道。途中、雑草群生地がいくつかあって、そこで念入りに遊ぶと45分ぐらいかかる。るんるんは探し物をするかのように、くんくんくんくんとにおいを嗅いで雑草と戯れる。この数週間でオオイヌノフグリやオドリコソウなどの花は消え、丈のある雑草が伸びてきた。
 昨年秋にNHKで放送されたドキュメンタリー番組「足元の宇宙」を見てから、雑草を意識して眺めるようになった。京都・嵯峨野で日々、雑草をスケッチしている絵本作家の甲斐伸枝さんを追った番組で、その目線の先の、普段、わたしたちが見過ごしている、足元の野生の植物の世界を伝えていた。

 甲斐さんは1930年、広島生まれ。小さいころから草が好きで、雑誌「赤い鳥」の画家の清水良雄に師事し、仕事をしながらスケッチを続け、40歳で絵本作家になった。絵本と言っても、観察や科学に基づく科学絵本。これまで30冊ほどを手がけ、そのなかでも『雑草のくらし』(福音館書店)は代表作で、出版から30年以上経ったいまも、版を重ねている。
 木や人間が育てた草花は安定感があるのに、どうして雑草には不安定な動きを感じるのだろう。雑草の観察を続けるなかで抱いたその疑問が、『雑草のくらし』を作るきっかけになった。ある広さの裸地を雑草に与えれば、なにか答えを教えてくれるのではと考え、比叡山の麓の70平方メートルの畑跡を借りて、そこで繰り広げられる草たちのドラマを五年間、毎日のように通って観察し、絵本にまとめた。
 観察を始める前に、畑跡の草と地面の下の根っこをすべて取り除いて舞台をつくり、登場する雑草たちを待った。1週間後にはほんの数mmの草が芽生え、うっすらと緑が広がり始め、それから4年の間に多くのいろんな草が出現し、栄枯盛衰があり、次々と移り変わっていった。その栄枯盛衰こそが、雑草の不安定な動きの要因になっていることを、甲斐さんは観察から突きとめた。
 4年目になると、畑跡はたくさんの多年草で大混乱に陥り、畑だった土地とは思えない状態になった。草はよその畑にも這い出して迷惑をかけてしまうため、そのまま観察したい気持ちを抑え、すべて取り除いた。すると、消えていった草たちがどんどん芽を出し始めた。日当たりが悪くて、土のなかで長い時間チャンスを待っていたのだった。
 ずっと草の観察をしてきて、甲斐さんは人生観が変わった。「細かなことでガタガタ思うな。安住せよ、ちゃんと時間が解決する」ということを、草から教わった。

 わが家の庭も雑草が目立ってきた。「抜いても抜いても出てきて困る」と、母が草と格闘している。震災後、育てていたハーブのほとんどを取り除いたが、いつの間にか、またあちこちに姿を現し、生命力の強さを見せつけられている。
 このところ気になっているのは、ピンクとオレンジの中間の色をしたポピーの花。色辞典で調べると、サーモンピンクに近い。るんるんの散歩道や編集室の周り、津波に襲われた海岸部など、いわき市内の広範囲で見られる。理由はよくわからないが、時間をかけて観察してみたい。

画・松本 令子

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