120回 リカちゃんの歴史

大越 章子

 

画・松本 令子

その時々の時代ががっきり反映されている

リカちゃんの歴史

 郡山市立美術館で開かれていた「リカちゃん展」(7月9日まで)の展示室に入った途端、小さな子ども時代にタイムスリップした。赤いワンピースにブーツを履いた初代リカちゃんは、わたしが遊んだ最初のリカちゃんだった。
 リカちゃんは1967年(昭和42)に誕生した。いわき市三和町出身の佐藤安太さん(93)が創業したタカラ(最初は佐藤ビニール工業所)が、ビニール加工の知識や技術を生かして作った。その7年前、タカラはコアラのようなポーズのダッコちゃん人形で一大ブームを巻き起こしている。
 着せ替え人形はアメリカのマテル社が1959年にバービー人形を作り始め、日本でも62年から販売された。しかし、リカちゃんの登場とともに影が薄くなった。顔立ちや雰囲気、ファッション、それに大きさなど、断然、リカちゃんの方がかわいらしく、親しみが持てた。
 リカちゃんは永遠の小学5年生(11歳)だが、今年、誕生から50年となり、展覧会はそれを記念して開かれた。半世紀の間にリカちゃんは4代作り替えられ、リカちゃんや家族、友達が合わせて約580体と、その時々の家や家具なども展示された。

 いろんなファッションの初代リカちゃんが並ぶそばに置かれていたのは、リカちゃんハウス。大きめの赤いバッグの形をしていて、差込錠をはずして開けると、扉にレースのカーテンがかけられ、床には絨毯が敷かれた、応接セットのある部屋が現れる。
 3歳の誕生日のプレゼントに、このリカちゃんハウスを両親にねだった。「リカちゃん、リカちゃん、リーカちゃん」と、当時、テレビでコマーシャルが流れていて「誕生日に、リカちゃんハウスが欲しい」と、繰り返し言っていたのを自分でもよく覚えている。
 誕生日は動物園に出かけ、帰りにリカちゃんハウスを買ってもらい、うきうきだった。けれどその数日前に、自宅前の坂でスキーのまねをして転がり落ち、右腕を三角巾で吊っていたため、せっかくのおしゃれはできなかった。
 そのうち、わたしのリカちゃんにも友達のいづみちゃんやわたる君、ファッションデザイナーの織江ママができた。キッチンのシンクやガスレンジ、ダイニングテーブル、洋服ダンス、ドレッサー、ピアノ、さらにドレスや着物、靴や下駄 、眼鏡など家財道具も少しずつ増えていき、リカちゃんの家も4部屋あるマンションになった。
 妹が生まれたころにはリカちゃんにもふたごの妹が誕生し、織江ママはさらに忙しくなり、おてつだいのチコちゃんが登場した。わたしの人形にもふたごの赤ちゃんとチコちゃんが仲間入りしたが、リカちゃん遊びはその辺りで卒業、妹にバトンタッチした。

 3代目のリカちゃんが作られたのは1982年、それまでの外巻きにカールされた髪からストレートのロングヘアに変わり、5年後、ちょうどバブルのころには4代目リカちゃんが現れた。家族や友達の顔立ちやファッションも時代とともに変化し、ここ10年ほどはファッションブランドや、子どもたちが好きな食べもののチェーン店など企業とコラボレーションした、リカちゃんやリカちゃんのお店屋さんが登場している。
 リカちゃんの50年の歴史は、人形の世界でありながら時代が反映されている。少子化も影響しているのだろうが、いまは経済優先の社会が色濃く見える。初代、2代目リカちゃんや赤いバッグ型のリカちゃんハウスは暮らしのすてきさを漂わせていて、振り返ればレトロな昭和を物語っている。

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