131回 HER STORY

大越 章子

 

画・松本 令子

「がんばれ」と女性たちにエールを送る

HER STORY

 このあいだ東京に出かけた時、南青山のスパイラルガーデンで開かれていた「ヴァージニア・リー・バートンのちいさいおうち展」を見た。ひなぎくが咲く小高い丘に建つ「ちいさいおうち」を主人公にした岩波書店の青い表紙の絵本を、子ども時代に読んだ人は多いだろう。あの「ちいさいおうち」だ。
 アメリカの絵本作家ヴァージニア・リー・バートンの代表作で、第二次大戦中の1942年に出版された。日本では石井桃子さんが訳して、54年に出されている。展覧会はアメリカでの出版から75年を記念して、昨年からあちこちで開かれ、最後がスパイラルガーデンだった。
 スパイラルガーデンは長方形のギャラリー、アトリウムと隣接するカフェ、2階に続く階段で構成され、ひとつの大きな空間になっている。「ちいさいおうち展」はその空間を上手に使い、思わず声をあげてしまいそうになるぐらい、楽しく夢のある、遊び心いっぱいの展示になった。
 なかでも目を引いたのは、アトリウムに再現されたちいさなおうち。周りには『いたずらきかんしゃちゅうちゅう』や『ちいさいおうち』『せいめいのれきし』などの巨大絵本を直角に開き、そこに原画が並べられた。おうちの上には青い地球が浮かび、『せいめいのれきし』の数々の絵がらせん状に取り囲んだ。

 バートンは絵本作家だけでなく、テキスタイルやグラフィックのデザイナーでもあった。長男が生まれ、移り住んだボストン近郊の小さな入り江の町では、近所に暮らす主婦たちにテキスタイルデザインを教え、デザイングループ「フォリーコーブ・デザイナーズ」を結成した。
 息子へのヴァイオリンのレッスンを頼んだ女性に「代わりにデザインを教えて」と言われたのがきっかけだった。デザイン教室を週に1度開くようになり、1対2対4の比率やコントラスト、濃淡など基本をわかりやすく教え、主婦たちに納得のいくデザインができるまで試行錯誤させた。 
 「デザインはだれでもできる。モチーフは特別なものである必要はなく、日常の暮らしの出来事や風景の変化をよく観察し、こころが動くものから探す」と、繰り返し言ったという。デザインして染め付けした布で、初めはそれぞれ家庭で使うナプキンや洋服を作っていたが、2年後、初めて展覧会を開くと新聞に掲載され、評判が広がった。
 翌年、「フォリーコーブ・デザイナーズ」がつくられ、本格的に作品の販売を始めた。1つ1つのデザインは仲間たちの審査を経て認められ、その質の高さに注文が殺到した。でもバートンは時代が機械化に向かう傾向のなかで、あくまで手工業にこだわったという。
 女性が家庭の主婦として生きるのが当たり前の時代に、バートンは「フォリーコーブ・デザイナーズ」を通 して、主婦でありながら社会で仕事を持つ生き方があることを示した。
 ちいさいおうちや機関車、スチームショベルなど、バートンの絵本の主人公はどれも女性。『ちいさいおうち』の表紙の原画には、おうちの入口に「HER―STORY」と書かれている。アナトリウムに再現されたおうちも「がんばれ」と、女性たちにエールを送っているように思えた。

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