142回 病院ラジオ

大越 章子

 

画・松本 令子

いろいろあるけれど一生懸命生きている

病院ラジオ

 本棚を新調したのを機に、自室の大々的な片づけをしている。5月の連休を上手に使えば終わるだろうと見込んでいたが、1カ月が過ぎてもまだ終わらない。ものを大事に取っておきすぎて、振りわけ作業に手間どっている。なつかしいものが次々現れ、つい見入ってしまう。
 連休のその日は、テレビをつけながら朝食をゆっくりとっていて「なつぞら」が終わり、耳慣れない「病院ラジオ」が始まった。お笑いコンビのサンドウィッチマンのふたりが、東京・世田谷にある国立成育医療研究センターに、2日間の手づくり出張ラジオ局を開設するというドキュメンタリー番組だった。
 病院の性格上、患者は子どもや妊婦がほとんどで、サンドウィッチマンがそれぞれ患者や家族の本音を聞き出し、思いをリクエスト曲にのせて届けた。紫外線に当たってはいけない男の子、遺伝子の組み合わせで3人の子どもがみんな肝臓の重い病を持つというお母さんなど、置かれた状況はさまざま。
 サンドウィッチマンは一人ひとりとまっすぐ向き合い、どんな病気を抱え、なにを思い考えているのか、ユーモアも交えながら淡々と尋ね、話した。家族はもちろん、子どもたち自身も病気をきちんと理解し、詳しく説明できる。なかには、いのちの火を意識している子どももいた。  覚悟して生きているから明るく前向きで、サンドウィッチマンも、素直な気持ちを語った子どもや家族も、それを聞いたリスナーも、ドキュメンタリーを見たわたしたちも元気と勇気がわいた。

 45分のその番組を見終え、思い出したのは学生時代、週に1度、遊びに行っていた子どもたちのことだった。筋ジストロフィーの子どもたちで、親元を離れて入院生活を送りながら、隣接する養護学校(現在は支援学校)に通 って学んでいた。
 土曜の午後、サークルの仲間たちと訪ね、いっしょに宿題をしたり、野球をしたり、散歩をしたり、思い思いに過ごした。子どもたちは自分の病気をよく理解していて、だから時にやるせなくなって「ここから飛び降りたら死ぬ ?」とか「ぼく高校生になれると思う?」などと聞くこともあった。
 約束して見に行った学習発表会では、少しずつ動かなくなる体やいのちについて書いた作文を、壇上で読みあげる子どももいた。週に1度、外の空気をほんの少し運べたら、という気持ちだけで始めた子どもたちとのかかわりだったが、いっしょに過ごしてずいぶん教えられ、励まされもした。

 「病院ラジオ」の余韻がぬけないまま、自室の片づけを進めていたら、箱のなかからその子どもたちのアルバムが出てきた。あのころ、子どもと家族、病院のスタッフなど、みんながつながり語り合えたらと思い、サークル仲間と手づくりの小さな新聞を作った時期があった。あれは「病院ラジオ」のようなイメージでの「びょういん新聞」だった。
 文字通りの院内でのラジオ放送と、その様子を撮影したドキュメンタリーの2つの発信をする「病院ラジオ」。学生時代に接していた子どもたち同様に「いろいろあるけれど、とにかく一生懸命生きている」というメッセージが伝わってくる。

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