150回 ニューヨーク公共図書館

大越 章子

 

画・松本 令子

まちの文化を育むために人々を支援する

ニューヨーク公共図書館

 少し前に、まちポレいわきで「ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス」を観た。2017年にアメリカで公開されたフレデリック・ワイズマン監督のドキュメンタリー映画で、ニューヨーク公共図書館の現状とそこに集うさまざまな人々を映し出し、アメリカのいまを伝えている。
 ニューヨーク公共図書館といえば、マンハッタンの五番街と42丁目の交差点に建つ、忍耐と不屈というニックネームの2頭のライオン像に守られたボザール様式の総大理石の本館が思い浮かぶが、それだけではない。本館を含む4つの研究図書館と地域に密着した88の分館を合わせた92の図書館からなる。
 3カ月かけて撮影された映画は観光名所にもなっている本館の全景のあと、イギリスの進化生物学者・動物行動学者の図書館でのトークイベントから始まる。次に「ユニコーン」について電話での問い合わせに対応する司書の姿が現れ、図書館名物のレファレンスサービスの様子が垣間見える。
 民間支援者に語りかける館長、子どもたちの教育プログラムや就職支援プログラム、幹部たちの会議、点字・録音本図書館、読書会、パソコン教室、ハーレムにある分館、デジタル化のための資料撮影など、場面 が順ぐりに展開し、ニューヨーク公共図書館のあちこちを散策している気持ちになる。
 映像はきわめてシンプルで、登場する著名人や場所などを紹介するテロップも、ナレーションでの説明もまったくない。現場を追った映像を巡っていると、やがてニューヨーク図書館の全容が見えてくる。3時間25分の長い映画の終わりには、グレン・グールドが演奏するバッハの「ゴルトベルク変奏曲」が流れ、すがすがしさと何ともいえない気持ちよさがこころに残る。

 ニューヨーク公共図書館は自治体が運営する公立図書館ではなく、非営利民間団体(NPO)が運営する公共の図書館。アスターとレノックスという2つの個人図書館が前身で、アスターは高度な専門書を並べ、レノックスは珍しい本や草稿、芸術作品などを集めていた。
 1890年代に2つの図書館は財政危機に陥り、この2つの図書館と「ニューヨーク市に無料図書館と読書室の建設を」と、言い残して逝った政治家サミュエル・ティルディンの遺産240万ドルを合わせて、1895年に市民のための新しい図書館「ニューヨーク公共図書館」が創設された。
 本館を建てる際には、ニューヨーク市が建設用地と建設費、維持管理費を負担。財政的には市の助成金と民間の寄付で成り立っている。詳しくは菅谷明子さんの著書『未来をつくる図書館─ニューヨークからの報告』(岩波新書)に書かれているが、資金集めをする事業開発部があって、企業がスポンサーになりやすいさまざまな企画やイベントなどもして、図書館主催の寄付講座も開いている。すべては独自のスタンスをとりやすくするため。その陰で図書館の幹部たちが図書館のあり方の議論を重ねている。
 ニューヨーク公共図書館は単に本を借りるための場所ではなく、だれでも自由に学んで夢をかなえる場だ。そのために惜しみなく支援する。根底には「まちの文化を育むためには、市民ひとりひとりが学び、自らを高めること」という考えがあり、個人が力をつけることがやがてまちづくり、社会の活性化にもつながっていく。
 生活に根ざした地域の分館では、病気の治療を受ける際に最良の選択ができるように書籍やデータベースを充実させ、就職やスキルアップを目指す人のために履歴書の書き方を教え、移民を対象にした無料の英語教室、IT時代にパソコンが苦手な人に講座を開いている。
 人々が大きな壁にぶつかった時、扉を叩くと一筋の光が見えてくる存在でもある。多民族国家であるからこそ抱えている問題にも目をそらさず向き合い、人と人との出会いを重視し、つなげている。

 どんな小さなまちにも図書館がある。その図書館の可能性に未来の希望が見えてくる。

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