016回 さくら並木

大越 章子

 

画・松本 令子

どんな時もやさしく包んで元気をくれる

さくら並木

 もう10数年前になる。結婚して横浜で生活を始めた高校時代の友人から、元気のない電話があった。3年間、いつも一緒にいたので、声を聞いただけで互いに気持ちの状態はわかる。ひとしきり近況報告をし合った後、読み終えたばかりの『ぼくはかぐや姫』を思い出して、受話器を持ちながら声に出して数ページを読んだ。
 土井晩翠の校歌を持ち、桜の樹が多ければ文句はないだろうといったたぐいの、伝統ある女子高が目前に迫っている。当たり前だが卒業生は皆女性で、彼女らの作った同窓会の会長がときおり小原流礼法とやらを教えに来る。校舎の掃除は当番制ではなく毎日全校生徒総がかりで行われる。雨が降っても風が吹いても、授業が短縮になったり休みになったとしても、掃除が省かれることはない。
 丘の上の女子高、土井晩翠の校歌、小原流の礼法、生徒全員での清掃・・・。高校の3つ先輩の松村栄子さんが、母校を舞台に書いた小説だった。友人は「うん、うん」と、1文ごとにうなずきながら聞いていたが、そのうちに泣き出して「あのころ、楽しかったね。何やってもおかしくて」と言った。
 写真部だったその友人のおかげで、高校時代の写真がたくさんある。なかでも1番印象深いのは、入学直後、学校前の桜並木で撮ってもらった最初の写真。まだ、どこかよそよそしくて、でも仲よくなるのにそう時間はかからない、そんな兆しが見える写真だった。旧校舎にあった部室の暗室で、友人は大きめに引き伸ばしてくれた。 
 そのとき一緒に写っていたジュンコもその桜並木の写真は思い出深いらしく、それから10年以上あとに新聞に載せるイラストとエッセーを頼んだとき、写真をイメージしたイラストを描いて持ってきた。 「ねぇ、覚えてる?」 「覚えてる。入学してすぐ、昼休みに桜並木をみんなで歩いて撮った写真でしょ」 「そう。あのときは・・・」 
  6、7年前から桜の時期、ジュンコと母校の前で待ち合わせをしている。毎年欠かさずというわけにはいかないけれど、並木を端から端まで2人でゆっくり往復して、気に入った場所で写 真を撮って、それから春の食事をする。
 すっかり老木になっているものの、桜並木は毎年、美しい花を咲かせる。次の桜まで1年の歳月は日々過ごしていると瞬く間だが、数カ月後に赤ちゃんが生まれる予定だったり、会社を辞めて新しい仕事を始めたり、大切な人を亡くしたり、その時々、2人の状況は変化している。 
 どんな時も薄桃色のトンネルはやさしく包んでくれて、たくさんの元気をくれる。だから今年も待ち合わせをして、ゆっくり2人でトンネルを歩く。

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