440 靄と沼

 

  昏れるときの容子のとほり
  ひとりでに靄は溶けて
  ほんたうに
  溶けたまま
  色はとれ
  それに
  音なども絶えて
  たれも知らない遠い代の
  匂いのやうな休まりかた
  無ささうにとも思へるし
  また
  有りさうにとも云へさうに
  沼もやはり物おとをひそめ
  涯なども無くして
  ちつとも動かずに
  薄いつやだけを保つ

 (靄と沼)

 

『白経』のなかの1つ。小川の沼で構想を得た。この詩から天平の作品は言葉の輪郭を失い、村上華岳の墨絵を彷彿させるような朦朧の世界へと入り込んでいく。