529号 いしだあゆみさんのこと(2025.3.31)

画 黒田征太郎

 

 「あなたのメロディ」でのほろ苦い思い出を胸に
  歌を聴き、映画を観て静かに冥福を祈る

いしだあゆみさんのこと

  いしだあゆみさんが3月11日に亡くなった。76歳だった。幸薄い役について語られることが多いのだが、放蕩な夫を家でしっかり支える、毅然としていながらも明るい妻の役が良かった。そもそもスレンダーな人だというのに、一時異常に痩せてしまい、ブラウン管やスクリーンを見ながら心配していた。おそらく、甲状腺関係の持病のせいだったのだろう。つい最近まで映画に出ていたので、その訃報には驚かされた。「砂漠のような東京で」を聴き、「男はつらいよ 寅次郎あじさいの恋」などを観ながら静かに冥福を祈っている。とても好きな女優だった。
 いしださんとは、ほんの少し縁がある。東京での学生生活を終えていわきに戻ってきたのだが職に就けず、募集広告が載る地域紙を眺めては、ため息をつく毎日だった。ある日、その新聞に「報道部記者と広告部員募集」の自社広告が載った。できるかどうかはわからなかったが「新聞記者になりたい」という思いだけはあった。試験を受けたあとの面接で「商学部を出ていることだし広告の方がいいのでは」と勧められたが、「報道で採ってもらえないのなら辞退します」と生意気な口をきいて部屋を出た。数日後、報道部記者としての採用通知が届いた。
 そのとき、広告部員として入ったのが堀江潤君で、同期として一緒に研修を受けた。堀江君は小説を書き、作詞作曲もした。ある日、「NHKのあなたのメロディに応募したら採用されてね。作詞者を安竜君にした。一緒に出よう。それぞれにギャラも出るから」と言われた。でも、この話は到底受けられない。「それは無理だよ。作詞をしてないのにどんな顔をして出ればいいんだい」と断り、粘る堀江君をなんとか振り切った。
 その後NHKからは「出られないのなら職場で仕事をしているような写真を送ってください」と電話がかかってきたが、「はい」と生返事をし、その後の電話では「すみません。バタバタしていて送れませんでした」とやり過ごした。実は、堀江君が作った曲をスタジオで歌ったのが、いしだあゆみさんだった。
 その後放送を見たのだが、曲のテロップには「作詞・安竜昌弘」と刻まれ、いしださんと堀江君が談笑している姿が映し出されていた。そして帰ってきた堀江君から「いしださんが、歌詞がとてもいい。わたし好きです。安竜さんってどんな方ですか、って聞かれたよ」と言われた。穴があったら入りたい気分だった。広告の仕事が合わなかったのだろう。堀江君はすぐ会社を辞めてしまい、公務員をしながら小説を書き、何年かたって「吉野せい賞」を受賞した。
 いしださんの訃報のあと、みんなが思い出を語った。どんな役でも必ず、印象深いシーンがよみがえってくる、いい役者だった。

                                        (安竜 昌弘)

そのほかの過去の記事はこちらで見られます。