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 水谷は14年間、夜の世界を生きぬいてきました。学校は夜間高校。授業は毎日、夕方5時から9時まで4時間。終わって部活動が10時半まで。学校を出るのが11時、それから夜のまちに出ます。
 埼玉、千葉など車で1時間半のところ。土、日曜は全国各地。たむろしたり、歩いている中・高生に「オイ、お前ら早く帰れ」と声をかけ、体を売っている女の子には「お母さんの顔を思い出せ」と名刺を渡し、薬物を売っている売人がいればにらみつける。
 これまでに38の暴力団の組をつぶした。でも、右手の親指をつぶされたりもした。何よりつらいのは、平和なはずの日本で30の命を失った。24人は薬物で自殺、事故死。6人は心を病んで。14年間は地獄のような日々でした。
 夜の世界に入ることになったのは、1人の親友とのけんかが原因でした。東京の夜間高校の教諭をしている男で、悩んでいるからと言われ、寿司屋で会いました。そこで彼は「寿司だってねただろう。腐った魚でうまい寿司はできない。教育だってそうだ。腐った生徒を相手にいい教育はできない。優秀な生徒を相手にしているお前はいいな」と言った。
 ぼくが「赤ちゃんはまっ白な心で生まれてくる。それをだれが腐らせた。大人たちだろう。教員の仕事はそういう子どもたちを生き返らすことだろう」と言うと、「水谷、それはきれいごと」と彼は言う。「わかった。おれは夜間高校に行こう。その代わり、お前は教員を辞めな」。ぼくはそう言いました。
 ぼくは校長に夜間高校への転任を頼んだ。その校長の一言が、ぼくの人生を決めた。「なぜ、夜間高校なんかに行きたいんだ」。
  赴任した夜間高校は、生徒数800人の全国一規模の大きい、横浜市立港高校。横浜中華街の入口にあって、周りには7つの組織暴力団の11の事務所があり、暴力団養成所と言われた。入学者の半数がやめていき、その多くが夜の闇に沈んでいきました。
 35歳で赴任して、その年に生徒指導部長になった。前任は心を病んで死んで、前々任は過労で死にました。まず生徒たちと人間関係をつくらないと、授業ができない状態。ぼくは、その人のいる場に行って人間関係をつくる。それが夜回りの始まりです。





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