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 嶋崎剛とはじめて会ったのは田町の『レノン』だったか『可楽知』だったかもう覚えていない。でもその頃の闇をかきわけるぼくの掌はよく覚えていて、その手触りは嶋崎剛の好きな水と光みたいに、いつまでも指先で遊んでいる。
 深夜、家に遊びにきた嶋崎剛と肉親の話をしているときだった。たがいの父への思いの違いに業を煮やしたぼくは思わず怒鳴っていた。かれが帰ったあと妻は云った、そうやって友達をなくしていくんだから。
 それからだ前よりいっそう、かれが家を訪ねてくるようになったのは。
 嶋崎剛はいろいろな名前を持っている。沢山ありすぎるなかから、じぶんの名前をみつけるのに忙しい。あるときは《GS SOUL JERKS》という名で、CD『日本家族』(ジャケットには愛する父親のカメラを持った写真が)をだし、あるときは謎の異人イワン・ジョンソンとして水底から抜けだし、セラフイックな光の瀧に全身をうたれながらエロチックな夢を三角錐にして、地上に雨を降らし続ける、やっかいな男だ。

 最後に、ぼくのなかの〈遅れてきた青年〉小野重治の場合。
 『CELL』の時代、そして渡米するまでのあいだの記憶がほとんどない。これはぼくの老いのせいではなく、彼はいつも〈酒場のカウンターで眠る人〉であったから、お互いに顔を持ちより会話するまで10年かかった。
 10年後、小野重治の作品展が、市立美術館のロビーでひらかれた。
 そこらを花と闇が、ひくく飛んでいたから、ぼくは小動物になって息をひそめ、「やみあがり」や「ななつ」から寝汗のように滲んでくるいきものに、背中をさすられたり、「もくれん」や「はす」の窪みに溜まった蜜をちゅるちゅる吸ったりして、小野重治と話しはじめていた。

 むかし『CELLS』があった倉庫の前を車で通ることがある。たいてい何も思わずそのまま通りすぎてしまう。でもたまにだけど、あの頃は南会津郡桧枝岐村でぼんやりと青空をみてたっけと、じぶんをなぞるように、走っている車のなかで立ちどまることがある。
 そんなときだ、思いきりアクセルをふかしてしまうのは。

(詩人)





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